08話

眩しい太陽の光は、今日も麦わらの一味とが乗るゴーイングメリー号を照らしていた。一時的ではあるが新たなメンバーが加わりはや数日、船の中は今日も一段と賑わいを見せている。

「こっちの掃除終わったよ」
「あら、お疲れ様。だいぶ手慣れて来たわね」

濡れたデッキブラシを片手に相変わらずフードで顔を隠すに気付くと、ハンモックで横になっていたナミは本を閉じ立ち上がった。この船に乗ってすぐは掃除の仕方を知らないと随分手間取っていたようだが、今では手際よく仕事をこなしその面影はどこにもない。綺麗になった甲板を見渡し褒めれば、は肩を竦め少し離れたところで談笑するルフィやウソップたちを指差した。

「彼らにはまだ敵わない、どうしても時間がかかってしまう」
「アイツらは手を抜きすぎなのよ。それよりなんでは今まで自分の船を掃除しなかったの?」
「しなかったというか……船を続けて使うことがなかったんだ」

決まった場所に掃除用具を片付ける彼の表情は見えない。賞金稼ぎなのに未知数という金額をつけられただが、正体を知ろうと以前から多くの組織や人間に追われていたと、先日の酒の席で話してくれたことを思い出す。足取りをつかまれないためにも、一度使ったらその船に戻らないというのはナミにも経験があった。追って、追われ……意外とあんたも大変なのねと大きく伸びをしながら呟けば、驚いたような声が帰って来る。

「君たちは本当に他の海賊と違うね」
「どういう意味?」
「お人好しすぎる、ってことだよ。勿論褒め言葉」

少し眉をひそめたナミに、は慌てて両手を上に挙げ悪意がない旨をアピールする。ただ賞金稼ぎを、しかも一度自分たちを狙ったというのに同じ船に乗せ宴会を開き、歓迎するなど何か裏があってもおかしくないと思ってしまっただけだと言い訳しながら。「このまま晒し者にされても多分驚かないよ」と潮風にマントを遊ばせ笑うだったが、突然海に視線を向けたかと思うとピリリと張り詰めた空気を纏う。

「……」
?」
「なんだ、お前も気付いたのか」
「やぁ、海賊狩りのゾロ。毎日僕の見張りをありがとう」

なにが起きた、そう問うより先にニヤリと不敵な笑みを浮かべ、鞘に手を当て同じように海の先を見据えるゾロの姿を捉えた途端ナミは目を見開き、声をあげた。敵が来た、しかも多少腕が立つ奴が。

「おい、間違って切っちまっても許せ」
「大丈夫、君の刀は僕を切れない」
「……試してみるか?」
「試すだけ無駄さ」

慌てたり喜んだり面倒くさがったりと、様々な反応を見せながら外に出て来る仲間たちをよそに、刀までは出さないがゾロとの二人を不穏な空気が包む。テキパキと戦いに備え指示を出すナミは最後の作業としてサンジに帆をたたむよう告げると、一切の躊躇を見せず固く握る拳を二人の頭に叩き込んだ。鈍く重い音と、ルフィたちの笑い声が辺りに響く。

「ぐぁっ……!」
「これは……なかなか……、っ」
「馬鹿かあんたらは!こんな時に喧嘩すんじゃないわよ!!」
「ふふふ、喧嘩するほど仲がいいとも言うけどね」

脳を揺さぶるような痛み、二人は反射的に出る涙を拭うことなく殴られた箇所を押さえるも、なにやら楽しそうに呟かれたロビンの言葉に首を横に振った。どう見ても水と油の関係でしかないだろう、見間違いにもほどがある。声に出さずとも滲み出る言葉に、「二人して同じ反応なんてやっぱり仲良しだわ」とロビンが頬を綻ばせた時だった。突然耳を塞ぎたくなるような大きな音が数発続けて鳴り響き、微かに火薬の匂いを帯びた空気が揺れる。悲鳴に近いナミの叫びに釣られ振り向けば、海賊船であろう船から発射された黒い鉛が真っ直ぐメリー号に向かっていた。

「チッ、。全部テメェのせいだぞ」
「君のせいでもあると僕は思うけど」

流石に喧嘩をしている場合ではないと気付いた二人はそう言い終わるやいなや、刀を構え迷うことなく身を乗り出すと船の手すりを蹴る。そしていくつも飛んで来る鉛の塊をまるで柔らかな豆腐のように切り捨て、一つとして自分たちの船にぶつからなかったことを確認すると、任せとけと言わんばかりに伸ばされたルフィの手を足場に敵船へと走りこんだ。

「ニシシ、おまえら本当仲良しだな」
「よかったじゃねェか、お友達が出来て」
「あ゛ぁ!?なんでそうなんだよ!!」
「いや、ここ敵の船の上だから。その話は一旦忘れよう?」

敵船に着地をし、薄汚れた甲板に遅れてきたサンジも含め四人並ぶ。勿論敵の海賊達は突然の来客に驚くも、飛んで火に入る夏の虫と舌なめずりしながら武器を構えた。しかしルフィたちは特に現状を気にするそぶりも見せないどころか、友達だの赤の他人だのと言い争うばかりで警戒するそぶりを一切見せない。恐れられるどころか自分たちを蚊帳の外にされるなどただの侮辱、海の藻屑になってしまえと船長の声を皮切りに船員達は武器を大きく振り上げその場は殺意と怒りに満ちる。

「だから喧嘩すんじゃないって言ってんでしょーっ!!」
「あ、君たちのせいでまた怒られた」
「アホらし」
「おれは悪くねェぞ!?」
「おれも悪くない、あとお前ら二人ナミさんに構ってもらって羨ましすぎだ」

だがそれと同時にサニー号に残っていたナミの怒声が耳に届き、四人はしまったと眉をひそめ身構えた。「こりゃ帰ったら説教されるな」と誰かがこぼした言葉に全員が笑みをこぼし、向かいくる敵の一人をゾロが切り捨てたのを合図にそれぞれ飛び出す。時には鋭い一撃を、時には海へと投げ飛ばしながら、いつの間にか上がった火の手を気にすることなく着々とその場に立つ人間を減らしていく。両手いっぱいの食料と宝を自分たちの船に持ち帰るのに、時間はあまりかからなかった。



+++



「まさか君に助けられるとは思わなかった」

再び帆を開き力強く進むサニー号の上で、頭に大きなこぶを作ったサイファはお茶うけにとサンジが出したクッキーを頬張りぽつりと呟く。そして温かなコーヒーの香りを楽しみ一口飲むと、隣に座り同じように頭にこぶができたゾロを振り向いた。

「助けたんじゃねェ、偶然そうなっただけだ」
「ふーん、そっか。うん、ありがとう」
「誰も助けてねェっていってんだろうが!」

勿論、こぶの原因は戻って早々ナミから「時と場所を考えて喧嘩しろ!」と怒られたからだ。ひりりと痛む箇所を押さえては、微笑を口角に浮かべる。今まで周りにいるすべての人間が敵だったサイファにとって『誰かと共に戦う』ことは初めてで、何とかなるだろうと軽い気持ちで敵船に乗り込んだもののすぐに後悔した。麦わらの一味に一切の攻撃を当ててはいけない、そう思えば思うほどいつもより集中することができず体の動きも遅くなったのだ。結局危ない一面も多々あったが、そのたびにゾロが現れ防いでくれた。自分らしくもないうえに他人に迷惑をかけるなどどうかしている……青筋を立て何やら納得のいかない表情を浮かべるゾロを横目に、フードの奥で眉を寄せる。

「けど、サイファが一緒に戦ってくれるとは驚きだ」
「ん?そうかい?」

自分の過去の話といい、彼らのペースに飲み込まれてしまっている事に自覚はある。これではいけないと小さく頭を振り、少し離れた場所で煙草を吸うサンジの言葉に返事をすると、笑みを浮かべたロビンが言葉を続けた。

「私たちの船を守ってくれてありがとう」
「あぁ……ははっ、約束したからね」
「でも迷いなく飛び込んでいっただろ?おれ、ちゃんとお前の活躍見てたぞ」

自分と彼らは海賊と賞金稼ぎで、これこそまさに『水と油の関係』で交わることなどないのだ。だから、約束なんて忘れて無意識のうちに飛び出したことも、彼らとこうして時を共にすることを心地よいと思うことは許されなければ、ありえない。少し冷えたコーヒーを一気に飲み干すと、随分長い間忘れていた様々な感情を苦みと共にのどの奥へと流し込んだ。


  
(2017/09/23)
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