07話

「んで!おめェ本当はどっちなんだ!?」
「まだそれにこだわるの?」

がロビンの手を逃れ、話を逸らそうと『海賊になった経緯』を各々から聞くまでに持って行ったのはしばらくしての事だった。酒が苦手なはジョッキにつがれたオレンジジュースを一口飲むと、隣の席で未だ性別にこだわるサンジを気にすることなく夜空を見上げ苦笑する。飽きるほど聞いてきたはずの波の音が、今はやけに心地よい。はずされたフードをいつも通りかぶり、少し前にした会話を思い出しては一人静かに口角を上げる。四皇の一人「赤髪のシャンクス」と知り合いだったり、元クック海賊団船長の「赫足のゼフ」に鍛えられたりと、本当にこの一味は興味が尽きない。

「おい
「全く、なんだい?あまりしつこい男はモテないよ?」
「うるせェ!言っておくが返答次第で対応が変わるんだぞ、俺の!!」

マントの裾を引かれ顔を戻せば、タバコを咥えたサンジがいくつもの青筋を浮かべ問いかけた。だが暫し世話になるからと言って、は今まで隠してきた性別を話す気など毛頭無く、にやりと口元を歪ませ不敵な笑みを浮かべる。

「もし新しい扉を開いたらごめんね?」
「てめーーーっ!」

性別を教えるのは約束の中に入っていない、怒り狂うサンジにそう告げると楽しみにとっていたみかんのケーキを一口サイズに切って頬張った。爽やかな香りと程よい酸味が口に広がり、軽い口当たりに不覚にも頬が緩む。誰かと食事を共にするのも、穏やかな気持ちで味を楽しむのもいつが最後だったか。それすら思い出せない程ずっと一人だったにとって、麦わらの一味と共に過ごす『今』は別の世界のようで。手元でキラキラとランプの明かりで光るケーキと頭を抱え唸るサンジを交互に見つめ考えること数秒。ある程度の質問だったら受け付ける旨をぽつりと零す。美味しい食事の礼だと付け加えるや否や、歓声がその場に響いた。

「じゃあ私から!って本名?」
「いいや、もちろん偽名さ」

恐ろしいほどの酒を飲んだというのに顔色を一切変えないナミは、声を弾ませながら尋ねる。最初からあだ名だと言っていたはずだと首を横にが振れば、その場はどよめきに包まれた。

「手品みたいに刀出してたが本当に能力者じゃないのか?」
「あぁ、あれは前知り合った海賊たちに教えてもらってた。詳細は秘密」
「おまえ秘密多すぎだろ……!」

ケーキを堪能するを横目にサンジは歯ぎしりすると、自身の髪をぐしゃぐしゃとかき乱しては声なき叫びをあげる。勿論それは今尚明かされないの性について、自分の中で葛藤があるからだ。男だと本人が言っていた、先程見せた顔も整った顔立ちをした男だった。だからこそ自分自身の本能が動揺することが納得できず、やけくそと言わんばかりに酒をのどに流した。

「どこか目的地があって旅をしているの?」
「いいや、宝にも興味はないから風が吹くまま旅をしているよ」

そしてそんなサンジをよそにへの質問がロビンへと続き、それからどのくらい経っただろう。唯一口を開かなかったゾロが酒が入っているにもかかわらずそれを感じさせない力強い声でに尋ねた。

「なんであの島にいた?」
「偶然、なんだけどなぁ」

自分たちを狙っていたのではないか、そう問う視線に肩をすくめは口元に笑みを浮かべる。

「海軍の下っ端が海賊と取引をしていると噂話を聞いたんだ」
「!だからあいつら海楼石を持っていたのね!」
「ってことは、は村の人たちを助けに来てたのか?」
「いや?強い奴がいるのかなーって感じで来ただけ」

自分が誘拐されるように仕向けたのもそのためだと告げ、チョッパーたちのブーイングを笑って流すから視線をそらさず、ゾロは何杯目になるかわからない酒を飲み干した。サンジから出された食後のコーヒーの香りを堪能していたロビンは、そんなゾロを見て笑みをこぼす。

「なんだか懐かしいわ、剣士さん最初の頃も私にそっけない態度だったから」
「へぇ、その警戒心は愛情の表れか。君は心から仲間が大好きなんだね」
「本当に切るぞてめェ!」

てっきり嫌われているだけと思っていたは、「むしろそれくらい警戒してもらえたほうがこちらも安心だ」と顔を赤くして怒鳴るゾロに呟くと、もう一口ケーキをほおばった。それは決して嫌味ではなく、純粋に心から思ったこと。長い航海の間で数え切れない程の人間と出会ったが、こんなにも簡単に心開く者はおらず、常に殺すか殺されるかの緊迫した空気の中過ごしてきた。だから今、ゾロの鋭い突き放すような態度はある種安心感がある。

「そういえばってどこ生まれなんだ?」
「一応北の海出身、村っていうか国は燃えたからもうないけど」
「燃え、!?」
「友好国に裏切られてね、国中の人間が死んだ中唯一逃げ延びたのが僕……」

このままではを切りかねないゾロに気づき話題を変えたウソップだったが、予想外に重い返答に表情を曇らせる。しかしは特に気にするそぶりも見せず、そこから人売りに捕まり謎の組織の下で育ったことを淡々と話すが、そのことに一番驚いたのはサイファ自身だった。聞かれたこともないが、今まで誰にも言ったことがない自分の過去の話を話してしまった。他人の、しかも海賊に。

「えーっと、そのおかげで今こうやって仕事に就いてるから、人生なるようになるって話さ」
「いや、そんな話じゃなかったぞ!?」
「そうだっけ?」

今ここで話す必要などないと自分を叱咤し、話を変える。へらっと笑うにすかさずチョッパーが突っ込みを入れた時、ルフィが空になったジョッキグラスを高らかに持ち上げ大きく口を開いた。

!おめェ、やっぱ仲間になれ!」
「わー、どうしてそうなるのかなー」
「よく分かんねェけど、おれたちと一緒にいたらその張り付いたみてェな笑顔も取れるだろ!」

いまだに諦めていないのか?と苦笑し、固まる。手配書に載っている奴を狙っては狩ることばかり続けていたら、知らぬ間に『顔無し』と言う名をつけられた。顔も容姿も世間が知らないのは、今まで出会った奴らは二度と口が開けなかった、もしくは零さぬと誓いを立てさせたから。

「(本当に、変な海賊だ)」

海軍に追われ、世間から身を隠し、息を殺して命の奪い合う世界に身を投じる。長い時間を一人で過ごし知らぬ間に自分を見失い、気づけばこの顔が張り付いていた。そのことに自身が気づいたのも最近だというのに、こうも簡単に見破るだなんて彼は本当に何者なのだ。少し泣きたくなるような名の分からない感情に気づかぬふりをし、何も言わずケーキを口に運ぶ。長い長い歓迎会は、そのまま朝まで続いた。



  
(2017/09/23)
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