08.5話

全員で昼食を済ませ、じゃんけんに負けたウソップとの二人でキッチンに食器を持って行った時だった。後片付けをするサンジに指示されシンクに近づいたが、ふと近くに置かれた存在に気づき驚きの声を上げて固まったのだ。普段どんな状況でも落ち着いて対応するの珍しい反応に気づいたサンジは、食器を洗っていた手を止める。

「どうした?」
「なんだー?」

そんな2人の様子に気づいたウソップも食器を近くに置くと、未だ固まったままのの視線の先をサンジと辿り、そして首をかしげた。

「ケーキ、だよな?」
「あぁ、ナミさんたちの食後のおやつに準備したやつだ」
「ちょっと待て、おれたちの分は!?」
「ちゃんと残してるに決まってんだろ、ほれ。切れ端」

隣に置かれていた皿を手に取り、ウソップに渡す。そこには彩り豊かに飾られたナミたちのケーキとは全く違い、何の飾り付けもされていない切れ口丸出しのケーキたちの姿があった。漂う香りは流石サンジだけあってとても素晴らしく、食後というのに口の中には唾液がたまり、切れ端といえど見ただけで美味しいのだろうと予想はつく。しかし、この扱いの差は何だ。

「おれもそっちの綺麗なケーキが食いてェ!」
「あ゛ぁ?てめェらにはこれで十分だろ!」
「なわけあるか!なぁ、!」

お前もこのあまりに酷い扱いに対して怒ってたんだな!と、固まっていた理由を察したウソップは溢れ落ちそうになる涙を乱暴にぬぐってを振り返った。

「(お前の気持ち、おれも一緒だ!)」

立ち寄った島でルフィ達と一戦を交えたと聞いたときはとても驚いたし、しかもそれがあの『顔無しの』と聞いた時はこのまま逃げてしまおうかと思うほど怖かった。だが話せば意外といい奴だし楽しいし、なんだかんだで友好的で、最近はこのまま船に乗って共に旅をするのも悪くはないと思っている……勿論恥ずかしくて言うつもりはないが。とりあえず『友達』の次の言葉を待ったウソップだが、意外な返答に口を開き固まった。

「いや……うん、僕はこれで構わないよ」
「なにー!?おまっ、どうせならこっちの綺麗な方がいいだろ!」
「でもサンジのご飯はどれも美味しいし」

デザートは特に感動ものだと、珍しく力説するに呆気にとられたウソップの隣で、同じように驚いていたサンジの口からタバコがポロリと落ち慌てて拾う。どうやらの様子がおかしかったのは、机の上に置かれたケーキに心惹かれたからのようだ。あの『顔無し』の予想外な一面に気づいたサンジは、やれやれと溜息まじりに頭をかくと、目の前の二人を睨む。

「言っとくが、褒めてもてめェら野郎の分を作り直す気はねぇぞ」
「鬼かお前は!!おれたちにも少しは優しくしろ!」
「断る」
「ははは、流石サンジだ」

お前らの魂胆は分かったと告げれば、予想は外れたらしい。フードに隠れて表情は見えないが気を害した様子もなく笑うは、「僕はこれがいい」とウソップの持つケーキを指差した。

「おれは嫌だ!」
「ウソップはワガママだなぁ」
「……」

現状に文句を言うウソップをなだめるを真っ直ぐ見据え、サンジは眉をひそめる。船に乗ってから怪しい動きは特に見えないし、敵船から攻撃を受けても気付けば共に戦っている。それに普段からルフィ達ほどではないが、毎回美味い!感激だ!と言ってはお代わりを要求するに、少なからず最初ほどの警戒心は無くなってきた。勿論完全に心許したわけでもないし、少しでもまた自分たちに攻撃して来るのなら迷いなく叩き潰すだろう。

「ほんっとう、お前の考えが分からん」
「うん?」

敵でもない、仲間になるわけでもない、しかも賞金稼ぎなのに自分たちを狙うわけでもない。考えることに疲れたと溜息をつくと、サンジはタバコを掴みそのままシンクを指した。

「全部綺麗に洗い流して食器棚に戻せ」
「!」
「は!?」
「汚れひとつ残すんじゃねェぞ、あと拭き残しがあったらてめェらのデザートは抜きだ」

その代わり、ちゃんとしたら夕食後のデザートはちったーいいもんにしてやる。そう言い終わるやいなや、我先にとはシンクに駆け寄り、マントから伸ばした腕のシャツをまくると生き生きとした声でサンジの方を振り返る。

「メニューは決まってるのかい?」
「いや、まだ考え中だ」
「それは楽しみだ」

子供のような一言に、不覚にもサンジは笑みをこぼした。噂では相当危険で冷酷な奴だと聞いていたが、目の前にいるのはウソップとスポンジを取り合い、下手くそな鼻歌と共に楽しそうに食器を洗うマントに身を包んだ男の姿。もしかしてこいつは『顔無しの』ではないのかもしれないという考えすら浮かんで来る。

「なぁ、お前もしかして甘いのが好きなのか?」
「好きだよ、特にサンジが作ってくれるお菓子は特別さ」
「ハッ、野郎にんなこと言われても嬉しかねェよ」

水音に紛れ聞こえるウソップとの会話に、サンジはやれやれと肩をすくめた。せめて褒めるならもっと可愛い女の子に言ってもらいたいものだ、こんな汚いマント野郎ではなく。タバコの煙を吐き出しながら、サンジは夕飯に作ることになるであろうデザートを仕方なく考えることにした。



 
(2017/09/23)
designed by flower&clover