06話

眩しい日差しの中、強く吹く風に押されたメリー号は沢山の食料と共にいつも通り仲間たちを乗せ、波をかき分けぐんぐん進む。

「どうだ!おれたちの船、スッゲーだろ!」
「あー、そうだねー」
「なんだァ?腹でも下したのか?」
「体は至って健康なんだけどねー」

船首に並んで立つのは、嬉しそうに大きく両手を広げて笑う船長のルフィと、潮風ではためくフードを押さえながら乾いた笑いをこぼすの二人。時折飛んでくる波しぶが太陽の光に反射し、キラキラと光る。

「って待てコノヤロー!」
「なんだゾロ、お前も一緒に海見てェのか?」
「んな理由で怒ってるわけねーだろ!」
「ですよねぇ……」

周りを飛ぶカモメの鳴き声をかき消す勢いで、ルフィを除くすべての船員たちが思っていたことをゾロが叫ぶ……なぜこの船に『顔無しの』が乗っているのだと。しかしルフィはどうしたんだと首をひねるだけで、その思いに気づく様子はない。とりあえず一発殴るかと足を踏み出したゾロだったが、二歩目を出すより先に後頭部に衝撃が走り遅れて訪れる鈍痛に低く唸った。

「ぐぁっ……!!」
「だから船壊すなっていつもいってるでしょ」
「てめぇっ、ナミ!おれは悪くねェだろ!」
「は?」

固く右手で拳を作ったまま二発目もお見舞するぞ睨まれ、ゾロはのどまで出てきた文句をぐっと飲み込む。ズキズキと鈍い痛みを放つ箇所にまた拳を振り下ろされてはたまったものじゃない、仕方なく口を一つに結ぶと船の手すりに腰かける。そんなゾロのその姿に納得したようにナミは頷き、今度は腰に両手を当て船首に立つ2人に向かって叫んだ。

「ルフィ!なんでが一緒に乗ってんのよ!」
「んなの、仲間になったからに決まってんだろ!」
「君たちの仲間になったおぼえはないよ?」
「なんだとー!?仲間になるからメリーに乗ってんだろ!?」

目を見開き、嘘をついたのかとを前後に揺するルフィに、慌てて飛び出したナミが頭を躊躇なく叩く。カモメたちの鳴き声に交じり、鈍い音がどこまでも遠くに響いた。

「うごっ!?」
「こんの馬鹿っ!出航前にひっ捕まえてきたのあんたでしょ!」
「あはは」

目じりを吊り上げ船長を叱る船員を、解放されたはやれやれと少し乱れたマントを直しながら見守る。そもそも彼らの一味に加わる理由も、手を貸す理由も、何より『仲間』になる理由も無く、早朝に出発の準備をしていたルフィたちにまたどこかで会おうと別れを告げたのは記憶に新しかった。

「(仲間にはならない、けど)」

それでも『顔無しの』と恐れられる自分の手を取り、もう一度「仲間になれ!」と笑いかけるルフィの瞳は人を強く惹き付ける力を持っており、その手を振りほどくことができなかったのも確か……少し前の出来事を思い出し、フードの奥で笑みをこぼす。

「もう、どうすんのよ!ここまで来ちゃったから戻るのも難しいじゃない!」
「えーっと、君たちに手は出さないし、次の島ですぐに降りる。それまで精一杯働くよ」
「んな簡単に信じられるわけねェだろ」

このまま海に飛び込み、泳いで村に戻るのは流石のでも骨が折れる。出来たらそれは避けたいと提案をしてみたものの、怪訝そうな表情で睨むサンジの一言に口を閉じる。確かに海賊船に賞金稼ぎが乗るなど、笑い話にもならない。

「でも戻れない以上、彼がこの船に乗るのは決定事項じゃない?」
「ぐっ……」
「ははは、困ったなぁ」

だがロビンの言う通り海の上にいる以上他に手立てはなく、何より船長自身が無理やり連れてきてしまったのだ。麦わらの一味はあまりを責める事も出来ず、ナミは痛む頭を押さえ深くため息をつくと、フードで隠され表情は分からないが居心地が悪そうに船の隅に立つを一瞥する。本当のところは分からない、だが自分たちを仕留めるのはやめるといっていた……それに、助けてもらった恩がある。

「ったく、何かあったらルフィ。全部あんたの責任だからね……!」
「! おう!こいつなら大丈夫だ!」

仕方がないと半分呆れたようにナミが承諾すると、ルフィは自信に満ちた顔で力強く答え両手を大きく上にあげた。周りを見渡し、他の船員たちも頷く姿を確認すると「今日はの歓迎会だ!」と高らかに叫び、その気持ちに呼応するように一層風が船を押し出す。

「よかったな!」
「やぁチョッパー、暫くの間お世話になるよ」
「言っとくがこの船ではこのおれが先輩だ!困ったことがあったら何でも聞け!」
「あぁ、ありがとうウソップ」

喜び駆け寄るウソップ達の瞳には嫌悪も恐れもなく、純粋に新たな仲間を歓迎している……だからこそ、は軽く会釈するとフードをかぶり直し、ゾロたちからなにか言われているルフィへと視線を移した。平気で物を奪い、人を殺していくはずの海賊たちが人助けをして、挙句賞金稼ぎを船に乗り込ませるとは……変な奴らがいたものだと目を細める。しかも自分がこの船に乗ることに「よかった」などと言えるだなんて、と先程のチョッパーたちの言葉を思い出しては肩をすくめた。

「どうした?」
「いいや、なんでもない……とても賑やかな船だね」
「おう!おめェも早く慣れるといいな!」

久しく向けられていなかった優しさと笑顔に戸惑いを感じ、上手く言葉にできない感情に包まれる。だが静かに頭を振り、ただの気の迷いだと心の中で呟くと暫しの旅路を共にする海賊たちにもう一度会釈した。



***


船の案内、掃除の仕方、簡単なルールなどをに説明するうちにすっかり夜も更け、気づけば漆黒の空に星々と月が輝く。ランプで照らされた甲板には、サンジが両手いっぱいに持って来たこれまた豪勢な食事が所狭しと置かれ、辺りは芳醇な香りに包まれた。

「君たち、いつもこんな豪華なものを食べてるの!?」
「んなわけあるか!今日はおまえの歓迎会だってルフィが言ってただろ!」

ウソップから渡された大きなジョッキを片手に、流石のも目の前の光景に感嘆の言葉が漏れる。香ばしく焼きあがった肉のそばには色鮮やかな野菜たちが光っており、見たこともない料理も数多く見受けられ口の中には自然と唾液が溜まった。

「おいクソコック」
「んだマリモ!てめェの飯、全部無くすぞ!?」
「男相手に珍しいく張り切って作ってんじゃねェか、どうした」
「……知らん」
「は?」
「おれも分かんねぇんだよ!ただ気づいたら作ってたんだ!」
「お前、そっちの趣味も持ってんのか」
「殺すぞまじで!!」

船の隅で火花を散らしそうな勢いでにらみ合う二人を誰も気にすることなく、ルフィの乾杯の言葉を合図に『の歓迎会』が始まる。昼間とは違い鳥たちの姿はどこにも見えず、波も静かに舷側をたたくだけで優しく船を揺らす。

「一応主役なんだから、ほら!これも食べなさい」
「ははは、ありがとう黒猫のナミ」

だからこそ、昨日以上に賑わいを見せる麦わらの一味たちの笑い声が辺りに大きく響いた。世話になるからとに大量の宝石やお金をもらったナミはすっかり警戒心を捨て、あれこれ料理を皿によそってはへと勧める。

「あとそれ、なんか余所余所しいからナミって呼んで」
「おれのこともチョッパーって呼んでいいぞ!」
「仕方ねェな、ウソップ様って呼ぶことを許そう」
「あんたらは最初から呼ばれてんでしょ!」

船床を叩くナミに、酔っているのかケラケラと涙を目じりに浮かべながら笑う面々につられ、もほくそ笑む。驚くほどお人好しな海賊たちに彼……いや、彼女自身が気づかぬ間に警戒することを忘れるほど。それから暫く他愛のない話をしていたは、ふと熱い視線を感じあたりを見渡す。マストの柱に寄り添うように身を預け、ジョッキを片手に自身を見つめるロビンに気づいたのはすぐのことだった。

「今更だけどよろしく、
「こちらこそ、えっと……」
「私もロビンと呼んで、悪魔の子じゃなくてね」

今更ながらな挨拶を交わしたところで、「少し気になることがあって」とロビンは笑みを崩さぬままゆっくりと近寄り、そしての前にしゃがむとなかなか外されないフードに手を伸ばす。つい場の空気に飲まれ気を抜いていたは慌ててその手を防ごうとしたが、『ハナハナの実』の力によって出された多数の手に簡単に脱がされると、夜空の下ランプの光に照らされの顔が露わになった。一つに束ねられた黒い髪が、潮風に吹かれはらりと舞う。

「初めて出会った時から思っていたけど、綺麗な顔ね。あなた本当に男の子かしら?」

にこり、とロビンの悪びれない微笑みには口元を引きつらせる。出会った時も昨日も、薄暗かったから問題がないと判断しフードを取った。今も化粧を施しているし多分"女"だとばれることはないだろう。別に男装しているのは仕事を潤滑に行いたいからで深い意味はない……が、こうも簡単に正体がばれては今までの苦労が水の泡となるのも腑に落ちない。

「うん、一応ね」
「そう……」

ロビンの目をまっすぐ見ながら告げた時だった。初めての素顔を見たサンジの声が、響き渡る。


  
(2017/09/23)
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