05話

溢れるような笑顔、賑やかな話し声と共に響く音楽、絶えず訪れる村人たちからの感謝の言葉。目の前には食べ切れないほどの彩り豊かな大量の料理が並び、船番として『騒動』に巻き込まれなかったウソップとチョッパーを含めた麦わらの一味、そしてへの感謝祭が村の広場で行われていた。

「(なんでこうなってんだ?)」

喉を鳴らしながら注がれた酒を飲み、フードで顔を隠すをゾロは睨む。思い出すのは、ほんの数刻前の砂浜での出来事。あの時確かな手ごたえを感じたにも関わらず、立ち上がったの凄まじい殺意にその場にいた全員が包まれた。口元に笑みを浮かべ、相変わらずいつ取り出したのか分からないナイフを片手に佇む姿に死を覚悟したのは記憶に新しい。

「麦わらのルフィ、そんなに急いで食べずとも食べ物は逃げないよ」
「何言ってんだ!いつでも飯は食うか食われるかの戦争だ!」
「そうだぜ、こいつ気にしてたら全部食われるぞ」
「ほらよ、これおれがさっき食ってうまかったやつ。お前も食べろ!」
「ありがとう、チョッパー」

だが引く気はないと正面からにらみ合った時、突然「君たちは仕留めないことにしよう」と呟かれ、嘘のように消えたの殺意。何が起きたと戸惑っているうちに、近くの森から現れた村長に招かれアレヨアレヨと言う間に始まったのがこの『感謝祭』だ。一応自分たちを呼びに来たロビンから一通りの出来事を聞いているはずのウソップ達は、最初は怯えていたもののすぐに気があったのか、今ではの隣で楽しそうにご飯を頬張っている。ついでに、うちの馬鹿船長も。一番の賑わいを見せる四人に、自然とゾロの眉間のしわも深くなる。

「ルフィったらあんなに気を抜いて大丈夫なの?」
「特におかしな動きはしないけど……心配ね」

ゾロの隣に座るナミ達も、を囲み大きく盛り上がる面々をため息まじりに見つめる。サンジは最初は多少警戒していたがすぐにのことなど忘れ、目をハートに変えると村娘たちの元へと走って行った……まぁなんにせよ、今の自分たちの関係は変わらず賞金首と賞金稼ぎ。この場で再び砂浜の続きが行われてもおかしくないというのに、なぜ共に食事をしているのか。そんな彼らの問いに答えるものは、誰もいない。

「飲み物のお代わりはどうだい、麦わらのルフィ?」
「いる!、お前賞金稼ぎなのに優しいな!」

そんな仲間たちの気持ちに全く気付くことなく、ルフィは天真爛漫な笑みをに向ける。勿論最初は危険な奴だとルフィも警戒していたが、飲むように飯を食べる自分たちに驚き笑ったかと思うと、空になったジョッキにわざわざ酒を注いでくれたのだ。あえて酔わせる作戦か?はじめはそう思ったものの、なにかと自分たちを気に掛ける姿に次第に警戒することも忘れ、それを機に言葉を交わせば本当に自分たちを襲う気がないらしい。「こんな海賊がいるだなんて変な気分だ」とやけに嬉しそうに話すものだから、打ち解けるのに時間はあまり必要としなかった。

「優しくはないよ、それに人助けする奴を殺すなんて変な話だろ」
「ん?じゃあなんでおれたちに攻撃してきたんだ?」
「うーん、味見かな」
「「「おれたち食っても旨くねェぞ!?」」」

ルフィ、ウソップ、チョッパーの声を揃えて反論すると、一際明るい笑い声が響き渡る。

「ははは!麦わらの一味、君たちは本当に全てが予想外だ!」
「そうかー?」
「あぁ、とても面白い」

笑いすぎて涙が出たと目元をぬぐうに、3人はよく分からないが褒められたと機嫌をよくし、再びご飯や料理に貪りつく。終わらない音楽と村人たちの笑い声、ダンスさえも始まる賑やかな空間にゾロは一人更に表情を険しくさせた。ただでさえ今の状況が理解できない上、自分まで『おもしろい』奴の頭数として数えられるのは腑に落ちない。持っていた酒樽を一気に飲み干し口端から溢れる雫を腕で乱暴に拭うと、今度は力強い足取りでの元へ向かい目の前で勢いよく腰を下ろした。

「……テメェ、なんのつもりだ」
「うん?なにがだい?」
「おいこらゾロ!んなとこ座ったらが飯食えねェだろ」
「そーだそーだ!一緒に飲みたいんだったらほら、このウソップ様の隣を開けてやる!」
「おれのとなりでもいーぞ!」

やいのやいのと始まる抗議を鋭い睨みで一瞬にして黙らし、深く息を吐いたゾロはと再度向き合う。勿論は臆す様子もなくチョッパーがよそった料理を口に運んでは、村の特産品だというオレンジジュースを飲み機嫌よく話しかけた。

「海賊狩のゾロ、そんな物騒な顔をしていたら折角の空気が台無しだ」
「……」
「そんなに僕がここにいることが腑に落ちない?」
「うるせェ、なんで俺たちを殺さなかった」

賞金稼ぎなら、おれたちのことを知っていたのなら、なぜ今もなお手を出すことすらしない。そう声に出さず視線だけで問いかけるゾロは腰に挿した刀たちに手をかけ、はその動きを静かに視線だけで追うと、やれやれとため息をつき持っていた食器たちを床に置く。

「助けることにも殺すことにも理由がいるだなんて、物騒な世の中だね」
「言っとくがおれはそいつらみたいに馬鹿じゃねェぞ」
「ムッキーっ!今俺たちのことを馬鹿って言ったな!」
「うるせぇルフィ、お前は少し黙ってろ」
「!!な、なんでこんな怒ってんだゾロのやつ?」

自身の手で口をふさぐウソップとチョッパーは、ルフィの問いかけにただただ無言で首を横に振った。とりあえず変なことを言ってゾロを怒らせるなと訴えながら。

「答えろ、
「……」
「納得いく返事でなけりャ、この場でぶった切る」

少しだけ見せた刀身に、ピリリと肌が痛むような空気が一体を包む。しかしは気にするそぶりも見せず床に置いていたジョッキを手に取り一気に飲み干すと、ゾロの後ろを指さした。

「人を助ける奴らを捕える趣味はないよ」

一瞬たりともから視線を外さなかったゾロだが、言っている意味が分からないと首をひねれば何やらルフィ達も嬉しそうにその方向を見ている。しぶしぶ振り向けば、そこには今なお再会の喜びをかみしめた様子の村人たちの姿があった。村に来てすぐの時とは全く違う、輝いた表情の男たち。捕らわれていた女たちを助け、敵の船長を倒したのもだというのに、そんな理由で自分たちは助かったのかと『賞金稼ぎ』が言いたいことを理解すると同時に、呆れたようなため息をこぼす。

「おまえ、んな理由で海賊見逃していいのか?」
「海賊は大嫌いさ、でも君たちは気に入った」

唯一見える口元をにやりとさせ、は「納得してもらえたかな?」と問いかける。味方でないのは間違いないが、おれたちを襲う気がないのもどうやら本当のようだ―……さて、どう動くべきか。刀を鞘に戻しゾロが自身にそう問いかけた時、ウソップたちに言われ口を閉じていたルフィがもう我慢ならんと叫んだ。

!」
「うん?どうしたんだい、麦わらのルフィ」
「おれはお前の事まだよくわかんねェけど、すげェ強いってことは分かった!」
「ははっ、そりゃありがとう」
「だからおれたちの仲間になってみねェか!?」

遠い山の向こう側まで届きそうな声は、一瞬にして飲みの場を静寂にさせる。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに船員たちから抗議の声、そしてからの「お断りします」という淡々とした返事に、その場は再び村人たちの笑い声にあふれた。


  
(2017/09/23)
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