04話

大切な船員たちを突然襲われ怒るなという方が無理な話で、残念ながら一発目は避けられたが握る拳は未だ固い。今度はより神経を研ぎ澄ませ、視線を逸らすことなく矢のように鋭く放つ攻撃……だが、それすら簡単に避けられた。いくつも起きる砂嵐に、流石のルフィも表情を曇らせる。

「くそっ!」
「麦わらのルフィ、君に会えて本当に良かった!」

伸ばした腕の上に器用に立つは一心に手を叩き、満悦した様子で呟かれる言葉が麦わらの一味の耳にさざ波と共に届く。避けた拍子に脱げたのであろうフードからやっと出した顔は、子供のようなキラキラとした希望に満ちていた。口元に笑みを残したままその場でくるりと体を翻し、砂浜に軽やかに着地する。

「人の顔なんて覚えないけど、最近『麦わらの一味』の事を聞くことが多くてね」

顔の特徴とか色々覚えていて良かったとルフィと向き合った時、止めるロビンを振りほどき走り寄ったナミの手がの胸倉を掴んだ。

!あんたは何が目的なの!?」
「やぁ黒猫のナミに悪魔の子、あの場から走って来たの?お疲れ様」
「んなこたどーでもいいの!質問に答えて!」

ルフィ同様、いやそれ以上に青筋を立てたナミは剣幕の表情のまま鋭い睨みをに向ける。勿論それでもの表情は変わることなく、むしろ出会った時以上に嬉しそうに目を細めていた。またおれだけ置いてけぼりじゃねぇか…ついていけない展開に少しだけ不満になったルフィだが、荒立つナミと打って変わり相変わらず冷静なロビンより事の次第を聞かされる。
海賊たちに二人が拐われたこと、によって助けられたこと、賞金稼ぎなのに自分たちが『麦わらの一味』だと知っても手を出して来ず、そのままみんなのもとに向かった為慌てて追いかけて来た事。

「つまり敵じゃねェ、って言いてぇのか?」
「にしては挨拶の仕方間違ってんじゃねェのか?おいクソマント」

ドスの効いた声をあたりに響かせ、ゆらりと立ち上がる二つの影。憤怒の表情を浮かべるゾロとサンジは、しっかりとした足取りでの元へ向かうと、いつでも攻撃ができるよう今度はひと時も意識を逸らさず睨む。

「これが僕流の挨拶さ」

もうそんなに動けるなんてすごいね、と本心なのか分からない一言を放てば、二人の男たちの殺気はより一層増した。重苦しい、いますぐにでも殺し合いが始まりそうな空気の中最初に言葉を発したのは、の胸倉を掴んだままのナミだった。

「なんで私たちをさっき殺さなかったのよ。なんのつもり!?」
「何って……別に僕は殺しがしたいわけじゃないよ?」
「はぁ!?」
「楽しめたらそれでいい、ってこと」

出会ってから何度か見たはずの笑顔。だが間近でしっかりと見据えて初めて、その表情に感情がこもっていない事に気づいた。今はなにか思うところがあって私たちを捕まえないようだが、その思いが変わればこの場にいる全員が……やられる。止まっていたはずの嫌な汗が、再び背中を静かに伝った。を掴む手にも力が入り、不覚にも想像した最悪の展開に少しだけ震えるが、気付いた時にはひんやりとした手がそっとナミの手を包んでいた。

「少し離れていて」

胸元を掴んでいた手がほどかれるや否や、ナミのすぐ横から飛び出したサンジが仕返しと言わんばかりに鋭い蹴りを繰り出し、それは鈍い音を立てての体に食い込む。一瞬の遅れも取らず地面を蹴ったゾロが三本の刀で切り刻んだかと思うと、不敵な笑みを浮かべたルフィの拳が迷うことなくを仕留めたのだ。大きな砂埃を立て横たわる賞金稼ぎの姿に、「あらあら」と対して驚くそぶりを見せないロビンの隣で、顔を青く染めたナミが地面に崩れ落ちる。

「ななななんてことしてんのよあんたら!折角の気まぐれで命があるってのに!」
「やられたらやり返すのが常識だろ」
「ナミすわぁーんっ!怪我はありませんでしたか!?」
「これで無事解決だな!」
「アホかー!」

どいつもこいつも、本当にアホばかりだ!もしこれでが怒ったら、私たちの首を狙ったら、果たして立ち向かうすべはあるのか?砂浜に倒れこんだままピクリとも動かない人物を見つめ、生唾を飲み込む。

「(でも、噂話だけだし……結局みんなの攻撃も当てられたし)」

さっきの表情もただの見間違いで、実は大して強く無いやつかもしれないと乾いた笑いをこぼした時だった。再び、拍手が響き渡る。穏やかだった空気は瞬時に張りつめ、ルフィたちはしっかりと『目標』を見据えて神経を研ぎ澄ます。ロビンもナミの目の前に仁王立ちすると、いつでも能力が使えるように準備を始めた。そして音がピタリと止み、波音だけが響く世界では倒れた体を起こしふらつくことなくまっすぐ立ち上がる。

「今日は本当にいい日だ!」

どこかからか目の前の現実を受け止められず、無意識のうちに溢れたのであろう言葉が聞こえた。果たしてそれはナミ自身のものか、それすらも分からない。

「麦わらのルフィ、そしてその一味。君たちに出会えて本当によかった」

ただ一つ言えることは、目の前の人物はいたって元気で怪我一つしておらず、一切の刀傷が付いていないマントをヒラヒラと風に漂わせて嬉しそうな顔をしている……ということだけだ。


  
(2017/09/23)
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