03話

言い争うような声も、怒声も、何も聞こえないまま時間だけ過ぎ、もしかして彼に何かあったのでは?とざわつき始めた頃、ゆっくり開けられた扉から穏やかな笑みを浮かべたが姿を現した。

「もう出ても大丈夫だよ、お待たせ」

暖かな日差しと木々のざわめき、どこか遠くから響く鳥のさえずりが開けられた隙間からこぼれる。暗く重い空気に充満していた部屋に、光が満ちた。導くように輝く明かりに誘われ1人、また1人と切り刻まれた格子を避けながらゆっくりと歩き出し、扉を潜り抜けると家族の待つ家へ慌ただしく走っていく。ナミとロビンはそんな村人たちの背中をじっと見守り、全員が出たことを確認すると外で待つ『賞金稼ぎ』の元へ慎重に足を進めた。

「あぁ、やっと出てきた。さぁ手を出して」

は扉の前で睨むように佇むナミたちに気づくと、唯一壊していなかったロビンの手錠を素早く手に取り、カギ穴に持っていたカギを差し込む。そんなをロビンは静かに見つめ、海楼石に触れても変わった様子はないことから能力者でないことを確認すると、重い音を立て地面に落ちた海楼石の手錠を蹴とばした。

「敵はあなた1人で片付けたの?」
「うん、でも見張り数人だけだからそこまで大変じゃなかったよ」
「強いのね……でもその見張りの姿がどこにもないのだけれど」

やっと解放された手首を動かし「ありがとう」とに告げると、微笑みながら彼らはどこ?とロビンは首をかしげる。賞金稼ぎの彼が海賊達と手を組むことはまずないだろうが、それでも争った形跡を全く感じさせない周囲の景色に、ロビンだけでなくナミも違和感を感じていた。あたりに広がるのは壮大な美しい森、だが後ろを振り返ればボロ屋の中に破壊された牢が見える。しかしそれだけなのだ、薄汚れたマントに身を包むには一滴の返り血もなければ周辺に荒れた形跡はなく、そもそも今はナミ達を含めて3人しか姿が見えない。

「まさかあんた、本当はアイツらと手を組んでたの!?」
「えぇ!?そんなことするわけないよ!」

ナミに睨まれたは大きく目を見開いて両手を左右に振り、必死に否定する。だが二人が簡単には納得しないことをすぐに察したのだろう、近くの高い草で出来た茂みを指差した。

「女の子に見せるものじゃないからね隠してるだけ」

そうが言い終わるより前にロビンは早足でその場へ向かい、辺りを見渡してから茂みをかき分け、そして動きを止める。周りの景色とは打って変わり、目の前に広がる惨状。この様子からするに確かに手を組んでいたわけでもなさそうだと小さく安堵の息を零すと、ナミの元へ戻り見たままの光景を冷静に告げた。

「納得、してもらえた?」
「……とりあえずは」
「あなたの言う通り、彼らと仲間ではなかったみたい」

よかったと胸を撫で下ろすを横目に、全てを理解したナミが静かに頷いたのを確認すると、ロビンはそっと悪魔の実の力を使う準備を始める。まだ自分たちに害をなす様子を見せないのは、もしかしたら正体がばれていないからなのかもしれない。楽観的予測としても逃げるなら今しかない、そう思った時だった。

「あら?どうかした?」
「なによ、人の顔ジロジロ見て」
「暗かったからよく分からないけど……二人、見たことある顔だね」

目を細め、張り付けられたような笑顔で告げられた言葉。自身の記憶に問いかけるような小さな呟きだったにもかかわらず、その言葉と意味は二人の耳にやけに大きな音となり届く。


+++


雲ひとつない青空、波打つ砂浜は太陽に照らされキラキラと光っているが、麦わら帽子をかぶったルフィはそんな景色に目もくれず目の前の現状に開いた口が塞がらなかった。

「なんだァ?」

資材調達のために立ち寄った島でナミとロビンが姿を消した。最近村で起きている誘拐事件に自分達が巻き込まれるとは思いもしなかったが、怒り狂うシェフの執念の探索により全ての元凶とも言える海賊達を見つけたのは少し前。船番をするウソップとチョッパーを除く三人で仲間を返せと乗り込んだわけだが、突然砂浜に現れた存在によって現在は一時休戦となっている。

「蟻地獄のハリー、500万ベリー……ハズレかなぁ」

その人物は深くフードをかぶり、潮風に小汚いマントを羽ばたかせブツブツと独り言を言っては、ルフィに目もくれず持っている紙と目の前でいきり立つ人物を交互に見ていた。

「いや、でも案外ってこともあるし……うーん」
「おいルフィ!何してんだ!?」
「なァゾロ、あいつもしかして加勢してくれてんのか?」

敵か?味方か?はたまたただの浮かれ野郎か?少し離れた所で雑魚を切り倒していたゾロにもその異質なる存在は見えていて、一通り片付いた頃を見計らいルフィの元へと駆け寄る。呑気な船長は突然現れた人物よりも戦いを止められたことが不満らしいが、遅れて登場したコックがアホかとツッコミを入れた。

「どうみても邪魔してんだろ!ただよく見ろ、変態海賊の野郎怒りのあまり顔が真っ赤だ」
「すげー、あ。サンジ、おれタコ食いたくなった」
「確かにありゃタコ並みの赤さだな、おれは酒のつまみの刺身がいい」
「んなこたどーでもいいんだよ!!」

サンジが指差して言うように、一際大きな銃を両手に持ち七色に染められた豊かな髭と服に身を包んでいる『蟻地獄のハリー』こと船長ハリーは、悪事がよりによって麦わらの一味にバレた上、突然現れたマント野郎から「ハズレ」と言われてしまい、焦り以上に怒り心頭で耳まで赤く染めていた。その場で地団駄を踏んでは、頭から湯気を出しそうな勢いで叫ぶ。

「ゆゆゆゆゆ許さーんっ!風穴をあけてやる!」
「今までも案外ってことはあったし、うん、今回も可能性はある」
「何ブツブツ言ってやがる!黙っててめェは死ねーーーーーッ!!」

だが銃口を向けても尚目の前の人物は自問自答を繰り返し、一切ハリーが視界に入っていない様子に遂に堪忍袋の緒が切れたのだろう。我慢できんとハリーは腹の底から怒りに任せ叫び、銃声を浜辺に響かせた。見守っていた三人にも、振動が音に乗って体に届く。突然現れた馬鹿な奴が打たれたと理解するよりも早く地面を蹴ったルフィたちだが、目の前に広がる光景に動きを止めた。

「やっぱりハズレ、だったか」

打ったのは間違い無くハリーだ、なぜなら彼の自慢の銃口からは黙々と今尚煙が出ている…彼の手元、では無く砂浜の上で。胸を押さえ口から血を吐き出したかと思えば、ハリーは膝から崩れ落ちそのまま低く唸り声をあげて動かなくなった。ジワリと七色の服が赤に染まっていく。 あまりに突然のことで言葉を失う3人とは違い、「最近失敗続きだ」とため息をつく人物はガサガサと持っていた紙をマントの中に仕舞い始める。

「おーい!!お前味方なのか!?」
「ん?あれ、人いたの?」
「バッ!何声かけてんだよ!」
「だってよー、聞かなきゃわかんねェだろ?」

明らかにただものでは無い雰囲気に警戒していたゾロたちは、すぐ隣から発せられた呑気な一言に度肝を抜かれる。お前は!空気を読め!そんな叫びも時すでに遅しで、ひらひらとマントをひらつかせながら、その人物は砂浜に立つ3人の目の前まで歩み寄る。深く被られたフードから顔を見ることはできず、不思議なことにハリーを倒したであろう張本人なのにどこを見ても武器らしきものはなかった。

「(こいつ……)」

マントの中なのか、それとも悪魔の実の能力者なのか?自身の両脇にさしている刀にそっと手を添え相手の動向を図っていたゾロの疑問は、突如森の奥から走って来たオレンジ頭の見慣れた仲間の叫びで解決する。

「ルフィーっ!気をつけて、そいつは『顔無しの』よ!」
「ナミ!?つかって誰の、うおっ!?」
「うん、こっちは当たりみたいだ!」
「くっ……」

ほんの一瞬、意識をナミたちに向けた瞬間に間合いを詰められたかと思うと、『顔無しの』はいつの間にか手にしていたナイフを振りかざした。ゾロとよく似た長く鋭い刃がルフィの目の前で風を起こし、小さな砂嵐が生まれる。

「テメェ……いきなりルフィに斬りかかるったー、どういうつもりだ……!」
「その刀たちは見掛け倒しじゃないんだね」

だが寸前で攻撃を受け止めたゾロは、ぶつかり合う刃物越しにマントの奥を鋭い眼差しで睨んだ。顔無しの、確か腕の立つ賞金稼ぎと噂だけ耳にしたが……まさかこんなところで会うとは。殺気は不思議なことに感じられない、しかし一瞬でも力を抜けば切られることは確かで、一層持つ手に力を込める。

「ナミさーんっ!それにロビンちゃんもっ、二人とも無事だったんですね!」
「お前らどこ行ってたんだよ!」
「ふふっ、ちょっとそこまで」
「そんなのはいいから!サンジくん早くゾロに加勢して!」

斬りかかられた当の本人は相変わらず何を考えているのか、重い攻撃を防ぐゾロを気にもとめずサンジと一緒にナミたちに手を振っていた。てめぇら、ちったー手伝えよ!つーか状況分かってんのか!?あまりに緊張感のない船員たちに耐えきれずゾロが叫んだ時、不意に自身の腹に何か思い衝撃が来たかと思うと一瞬だけ息が止まり、そのまま後ろへ飛ぶ。の足が腹にめり込んだのだと理解した頃には、骨を軋ませるほどの激痛に襲われ砂浜に倒れていた。

「ぐぁっ…!!」
「ゾロ!?」
「へぇ。君が海賊狩りのゾロなんだ」

ナミたちの悲鳴に紛れた楽しそうな声。口笛すら吹き出しそうなに、間入れず鋭い蹴りが顔面に向かってお見舞いされる。

「おいこらマント野郎、ナミさんたちとの感動の再会を邪魔すんじゃねェよ」
「これは黒足のサンジ、か!」
「なっ!?」

だが鬼の形相をしたサンジの足は、完全に不意打ちだったにもかかわらず同じようにマントの奥から伸びた足によって受け止められた。嘘だろ、と声にならない叫びが生まれる。ぶつかった衝撃で生まれた風がのマントを揺らし、唯一見せる口元には不敵な笑みが浮かべられていた。目の前の現状が納得できず歯を食いしばるが、その一瞬で解かれた足が今度はサンジの腹に深く食い込む。息を吸うことすら忘れる衝撃に口から吸いかけのたばこが落ち、遠くで自分の名を叫ぶ愛しい女性の声が聞こえたようだがそのままゆっくりと地面に崩れ落ちた。

「海賊が人助けするなんてね、っと」

こちらも当たりのようだと満足げに砂浜に倒れる二人を見ていたにめがけ、今度は背後から鋭い拳が飛んでくる。その衝撃は周りの木々すら大きく揺らした。だが、当の本人は驚くこともせず相変わらず口元に笑みを残したまま拳をかわし振り返る。

「お前……おれの仲間になにしてんだ!!」
「赤いチョッキに頬の傷、さらにその帽子、とどめに伸びる腕」

青筋を立て鼻で荒い呼吸を繰り返すルフィの怒声が砂浜に響く。しかしはただ静かに「会えてうれしいよ、麦らわのルフィ」と呟くと、風圧でずれたフードをかぶり直しながら地面を蹴った。



  
(2017/09/23)
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