02話

今日は豊作だと海賊であろう男は鼻歌交じりに呟くと、女たちが身を寄せ合う牢の中に布に包まれた何かを投げ込んだ。重く鈍い音を立て横たわるそれは布越しでも人間だとわかり、どこかからか「可哀想に」と嘆きに近いつぶやきが聞こえる。そのまま男は一瞥もせず立ち去ったのだが、扉が開いた際一瞬だけ見えた外の景色にここが地下でないことを確認すると、ナミはうごめく塊へ駆け寄った。

「ねぇ、大丈夫?」

この人も捕まったのだろうと、出来るだけ落ち着いた声で話しかける。すると、薄汚れた布からひょっこり顔を出した人物は意外にも明るい顔で「心配してくれてありがとう」と礼を告げ、同じように付けられた手錠をジャラジャラと鳴らしながら姿勢を正し深く頭を下げた。

「ちょっ!そんなことしなくていいわよ、あなたもアイツらに捕まったの?」
「うん、道を歩いていたら。えーっと、どれどれ?」

そして顔をあげたかと思えば突然牢の格子に手を伸ばしあたりを伺う姿に、変な奴だとナミは眉間にしわを寄せる。こんな状況なのに怯えた様子もないまま、ただ冷静に周囲を観察しているのだ。とりあえず声をかけてみると、まるでなにかいいことがあったような笑顔を見せて大きく頷いた。

「あはは、しっかり施錠されてる」
「……なんでそんな嬉しそうなのよ」

馬鹿じゃないの?というかこいつ何者?声に出さずともそう顔に出ていたのであろう、目の前の人物は今度は困ったように笑うと手を後ろに回し、束ねた黒い髪を引っ張り出し小さくため息をつく。

「髪、長いから。あいつら女と思ったみたいで」
「え!?じゃああんた、男なの!?」

ここに連れてこられたから女だと思い込んでいたが、まさかの発言にナミだけでなくロビンを含めその場の全員がざわめく。確かに髪は長いが、ロウソクの明かりを頼りによくよく顔を見れば女とも男とも取れる中性的な顔立ちだ。着ている服も小汚いマントで隠れているものの、白いシャツに黒いズボンというシンプルな姿。ではあの男達は、本当に間違えて”彼”を連れて来てしまったのだろうか?

「まぁ今はそんなことよりもここから脱出しなきゃ」

髪と同じ漆黒の瞳を細ませ、ナミの問いに答えることなく目の前の人物はあれでもない、これでもないと自身の体をまさぐり始める。 だがその行動に首をひねるより先に、ナミは自分の耳を疑った。ちょっと待て、いまこいつは何と言った?脱出をすると?呆気にとられたその刹那、目の前で鋭い風が起き金属同士のぶつかりあう音が部屋中にこだまする。

「……っ!?」
「うん、これは簡単に壊れる。よかった」

気づかぬ間に目の前の人物が片手に握る、小さいながらも薄暗い部屋に怪しく光るナイフ。それがナミの手錠を切ったことを理解するにはあまりに突然すぎて、誰もが微動だにしない。最初に状況を理解したロビンが向き合う二人の間に割り入ると冷静に、しかし鋭い視線と声で男を射抜く。

「あなた、何者?」

静寂に満ちた部屋に、透き通るように強く警戒した声が響く。なぜ武器を取られていないのか、容易に手錠を切るような奴がなぜ簡単につかまったのか。ふつふつと湧く疑問を口にするが、男はやさしく微笑むと何も答えず立ち上がり、ナイフを持ったままふわりとマントをなびかせ部屋の奥に進む。あいつは危険な奴かもしれない、振り返ったロビンがナミと視線を交わした瞬間、再び狭い部屋で風が起きた。

「黒髪のお姉さんはちょっと待ってて、流石にそれは壊せない」

言い終わるやいなや小さくきしむ音があちらこちらで響き、そして自由を奪っていた手錠が、逃がすことを許さなかった牢の格子が、男の呟きを合図に脆い木材のように粉々になって床に落ちる……ロビンの海楼石で出来た手錠を除いて。「嘘でしょ……」と呟いたナミの言葉は、小さな声で上げられた歓声に消された。

「そういえばさっき、僕が何者かって聞いていたね」

コイツは海楼石を知っている、そしてそれを壊すことが困難なことも。いやな汗が背中を伝い、速度を上げた心臓の音がやけに大きく聞こえた時、喜ぶそぶりも見せず険しい顔をする二人に気づいたのか振り返った男は何かを思い出したように手をたたく。先程まで持っていたはずのナイフは、もうどこにも見当たらない。

「ただの旅人だよ、世界中を自由に回る」

そんなわけないだろうという叫びが二人の喉まで出かかった。こんな状況の中落ち着いたまま慣れた手つきで手錠や牢を破壊する奴が、ただの旅人な訳がない。海賊か、海軍か、もしくはー

「変なあだ名はつけられてるけどね、なんだっけかな」
「……あだ名?」
「そう、『顔無しの』って名さ」

全然似合わないよねと男……いや、は笑いながらナミたちの横を通り過ぎ、床に散らばる格子を軽い足取りで避けながら進むと、「しばしお待ちを」とだけ言い残して躊躇なく開けた扉の向こう側に消えた。扉の閉まる音が反響する部屋の中に、これでやっと解放されるのだと歓喜の言葉を漏らす村人の声がナミ達の耳に届く。だが正直、ここから脱出できることを喜べるほど2人の心に余裕はなかった。

『顔無しの

それは謎に包まれた賞金稼ぎの名で、最近では賞金稼ぎのはずなのに手配書が作られたと噂されている。金額は、未知数。


  
(2017/09/23)
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