身なりを整えながら海賊たちの元へ戻ってきた
へ最初に声をかけたのは、シャンクスだった。笑った拍子に揺れる髪が、光に照らされ鮮やかな赤を放つ。
「お前、人助けもするんだな!」
賞金稼ぎをしている奴は、金か名声が欲しい奴がほとんど。つまり、金にならなければ目の前で人が殺されようが犯されようが、一切関わろうとしない事を嫌というほど知っていた。
だから先程目の前で起きた出来事が、シャンクスの胸を熱くさせて止まない。自分たちが動くより先に手を伸ばす賞金稼ぎ……出会った時以上に気に入った。今日一つ知ったのは、顔無しの
は相当なお人好しだということ。
「……この先」
「ん?」
思わず笑みすらこぼれそうになった時。相変わらず顔を見せない賞金稼ぎは、うっそうと生い茂る木々の中にできた獣道を真っすぐ伸ばす指でさした。暗くてその先は見えないが、「この道をまっすぐ行けば海に出る」と、途中で終わっていた説明を口早に続ける。
そして突然の事に驚きと困惑で固まる海賊達を一瞥することもなく、背中を向けると手をひらりと振った。
「これで案内は終わりだ。僕はもう帰るよ、バイバイ」
「は!?」
あまりに一方的すぎる別れの言葉。シャンクスは目を丸くさせ、慌てて右手で
の細い腕を掴むと肺中の空気を使う勢いで叫ぶ。耳をふさぐそぶりを
が見せるが、声のボリュームは落とさない。
「待て待て待て!!おまっ、どこ行く気だ!?」
「なに?僕の仕事はもう終わったはずだけど」
「そ、そうだけどよ!ちったー別れを惜しむひまくらい寄越せ!」
「惜しむほどの仲じゃねェだろ」
「僕もそう思う」
自分たちと向き合うよう振り向かせるが、あからさまに顔をそらされる。さらにベックマンの呆れたような一言に、素直に頷く
。やっと仲良くなってくれたか!などと笑い飛ばす余裕はもちろん無かった。「こんな時に意気投合してんじャねェ!」とも言いたい所だが、布越しでもわかる細い体には力が込められており、一刻も早くこの場から去りたいのだと告げている。
「君は海賊、僕は賞金稼ぎ……これ以上の用はないだろう?」
こてんっと首を傾げる仕草をし、口元は笑みを浮かべていた。しかし、遠回しに「もう僕に関わるな」と言われているようで、言葉に詰まる。
確かに言わんとすることは当然の事だろうが……それでも彼が頑なに自身たちと一線を置こうとするのは、「赤髪海賊団を襲わない」ことに関係しているのだろうか。ふと湧く疑問は言葉にはならなかったが、顔に出ていたのだろう。シャンクスに腕を掴まれたまま居心地が悪そうに身じろいした
は、隠すことなく目の前でため息を零すと、「それに……」と仁王立ちするベックマンを一瞥し淡々と話す。
「僕が消えれば、彼の目つきも良くなるさ」
「いやー、まぁアイツもおれを思ったうえでだな?」
の一言に少し顔を引きつらせ、言い訳のしようがない副船長の行動を思い出しては言葉を濁す。確かに始終鋭い睨みを利かせ、武器から手を放していなかったのは事実だ。しかしそれは『船長』を守る『船員』としての行動。
ベックマンもおれの事を心配して、と言い掛けたシャンクスの言葉を、呆れたような、だけどどこか少し楽しげな声が遮る。
「知ってるよ。むしろ二人きりにされたほうが逆に心配だ、君の人望とか」
「!?よ、余計なお世話だ!いつだってアイツらに愛されてる船長だよな、ベックマン!?」
「さぁな」
「てっめぇ!!嘘でもそこは『はい』って言えよ!」
タバコを手に持ち、口の端だけを器用に上げる男の一言に食いつくように叫ぶ。だが興味がないと言わんばかりのベックマンが何かを言うより早く、未だ掴んだままだった
の腕が微かに震えていたことに気づいた。
最初は隠すように小さく、だが次第に楽しげな明るい声が漏れ聞こえる。震える身体に呼応しマントは波打ち、地面にできた影も揺れ動く。
海賊たちは少し目を見開き、そしてはたと気づき慌てて口を塞ぐ賞金稼ぎを凝視そた。こいつはお人好しな上笑い上戸なのかと、ぼんやり思いながら。
「い、今のは」
「ん?」
決して君たちに対して笑ったわけじゃないと、しどろもどろに必死に何やら言い訳をする
の顔は、相変わらずフードで隠されている。だが、彼が挙動不審なのは一目瞭然で、
そのことに気づくと同時に、ドクリとシャンクスの中で小さな子供のような悪戯心が揺れ動く。正直、今すぐにでも無理やりにでも、
の慌てふためく顔を見てやりたい衝動に駆られた。
頑なに自分たちと距離を取り、傷つけることを拒む賞金稼ぎ。なのに頼み込めば意外にも海賊の願いを聞き、最後まで仕事をこなし、挙句『不愉快だから』と人助けまでしている。
顔も、名前も、素性すら謎に包まれた『顔無しの
』……一体、噂話のどこまでが真実なのだろう?
「(おれが考えた所で、答えはでねェ)」
なぜならば、結局その答えも想像にしか過ぎない。いい加減離せと腕にさらに力を籠める男を一瞥に、そして頷く。
初対面なのにフードを脱がせたのは悪かった、部屋を見つけ連れだしたのも、村の案内を無理やり頼んだのも少しは反省している。多分。
だが
とて、一番最初に自分の首を狙ってきたのだから、それで両成敗にしていいだろう。更にいうなれば、おれの命はもう少し価値があるから、まだ多少の無理は聞いてもらえるはずだ。
が聞いたら「子供か君は!」と憤慨しそうな自身の結論だが、そこは都合よく『想像だから』と言うことで気づかないふりをする。
チマチマ考えても、今にも自分の手を振りほどき走り去ろうとする賞金稼ぎの考えは一生分かることはないのだ。だったら、することは一つだけ。
目だけでベックマンに合図をし、
の頭を掴ませる。そしてシャンクスも肩に手を回し抱き寄せると、満面の笑みを浮かべた。
「案内、ありがとよ!んじゃいいとこ連れてってやる!!」
「……は?」
「諦めてついてこい」
「は!?」
拍子抜けしたような声を出し、ベックマンが言い終えると同時に困惑に満ちた反応が返ってくる。約束が違うと何やら騒いでいるが、そもそも「村の案内」をお願いしただけで「その後」を話した記憶はない。
自分でも分かるくらい悪い笑顔で告げると、今度はフードの奥で息を飲む音がした。日中の淡々とした態度が嘘のような反応に、満足げに笑みをこぼす。
「更におまえに興味を持った、色々話をしてェ!」
「嫌だ!お断りだ!」
「だがな
、思ったんだがおれの首狙ったことを水に流すには……」
ちと村の案内だけじゃ割に合わねェよな?と問いかければ、三人の間にしばしの沈黙が訪れる。
が自分を狙ったことに対し、やけに負い目を感じていることは気づいていた。別にシャンクスとしては久しぶりの出来事だったので大して気にしていないが、今現在この賞金稼ぎを手元に引き留める理由としてはその出来事が一番最有力のようだ。
良心が痛まないと言えばまぁうそになるが、それしか思いつかないのだからしょうがねェよなと静かに頷く。
「つーわけだ、今日は飲むぞー!!」
「程ほどにしとけよ、頭」
「ちょっと君たち!?僕の意見を聞く気はないわけ!?」
「「ねェな」」
「ーっ!?」
今まで数多の土地を訪れ、数え切れない人間と出会ってきた。そしてこんなに興味が尽きない面白い奴と出会ったのは、昔出会った麦わら帽子と共に約束をしたアイツ以来。それに……
「(海賊は、一度狙った獲物は逃がさない)」
その獲物が簡単に手中に収まら際というのは、尚の事男心をくすぐるというものだ。……残念ながら、相手も男だが。
(2019/6/4)