19話


身なりを整えながら海賊たちの元へ戻ってきに、晴れ晴れとした声でシャンクスが声をかける。

「お前、人助けもするんだな!」

笑った拍子に揺れる髪が、光に照らされ鮮やかな赤を放つ。賞金稼ぎのほとんどは金か名声のためだけに自分たち海賊を狙い、金にならなければ目の前で人が殺されようが犯されようが、一切関わろうとしない奴らばかり……そう思っていた。 だから先程目の前で起きた出来事が、予想を良い意味で裏切る目の前の人物が、先程からずっとシャンクスの胸を熱くさせて止まない。

「……この先」
「ん?」

久しぶりに高鳴る鼓動に、心が躍り出した時。相変わらず顔を見せない賞金稼ぎは、うっそうと生い茂る木々の中にできた獣道を指さした。暗く先が見えない道を目を細め見つめれば、「ここをまっすぐ行けば海に出る」と、途中で終わっていた説明を隣で口早に続けられる。 そして突然の事に驚きで固まる海賊達を一瞥することもなく、は背中を向けると手をひらりと振った。

「これで案内は終わりだ。僕はもう帰るよ、バイバイ」
「は!?」

あまりに一方的すぎる別れの言葉。シャンクスは目を丸くさせ、慌てて右手での細い腕を掴むと肺中の空気を使う勢いで叫ぶ。耳をふさぐそぶりを見せるが、声のボリュームは落とさない。

「待て待て待て!!おまっ、どこ行く気だ!?」
「どこって……僕の仕事はもう終わったはずだけど」
「そ、そうだけどよ!ちったー別れを惜しむひまくらい寄越せ!」
「惜しむほどの仲じゃねェだろ」
「僕もそう思う」

自分たちと向き合うよう振り向かせるがあからさまに顔をそらされ、さらにベックマンの呆れたような一言に素直に頷く。やっと仲良くなってくれたか!などと笑い飛ばす余裕はもちろん無かった。「こんな時に意気投合してんじャねェ!」とも言いたい所だが、布越しでもわかる細い体には力が込められており、一刻も早くこの場から去りたいのだと告げている。

「君は海賊、僕は賞金稼ぎ……これ以上の用はないだろう?」

こてんっと首を傾げる仕草をし、口元は笑みを浮かべていた。しかし、遠回しに「もう僕に関わるな」と言われているようで、言葉に詰まる。穏やかに吹く風に揺られ、木々のざわめく音がやけに大きく聞こえた。確かに言わんとすることは当然の事だろうが……と、眉を顰める。それでも彼が頑なに自身たちと一線を置こうとするのは、「赤髪海賊団を襲わない」ことに関係しているのだろうか。ふと湧く疑問を口にしないままでいると、腕を掴まれ居心地が悪そうに身をよじらせるが仁王立ちするベックマンを一瞥し、「それに……」と続けた。

「僕が消えれば、彼の目つきも良くなるさ」
「いやー、まぁアイツもおれを思ったうえでだな?」

の一言に少し顔を引きつらせ、言い訳のしようがない副船長の行動を思い出しては言葉を濁す。確かに始終鋭い睨みを利かせ、武器から手を放していなかったのは事実だ。しかしそれは『船長』を守る『船員』としての行動。 ベックマンもおれの事を心配して、と言い掛けたシャンクスの言葉を、呆れたような、だけどどこか少し楽しげな声が遮る。

「知ってるよ。むしろ二人きりにされたほうが逆に心配だ、君の人望とか」
「!?よ、余計なお世話だ!いつだってアイツらに愛されてる船長だよな、ベックマン!?」
「さぁな」
「てっめぇ!!嘘でもそこは『はい』って言えよ!」

タバコを手に持ち、口の端だけを器用に上げる男の一言に食いつくように叫ぶ。だが興味がないと言わんばかりのベックマンが何かを言うより早く、未だ掴んだままだったの腕が微かに震えていたことに気づいた。 最初は隠すように小さく、だが次第に楽しげな明るい声が漏れ聞こえる。震える身体に呼応しマントは波打ち、地面にできた影も揺れ動く。 海賊たちは少し目を見開き、そしてハッと驚いた様子で慌てて口を塞ぐ賞金稼ぎを凝視した。

「……」
「……」
「い、今のはっ!忘れてくれ!」

あのが、笑った。知り合いを思い出しただけだと、言い訳のような小さな呟きを洩らし顔を背ける。その姿は何人たりとも寄せ付けない空気を纏っていた先程からは想像できず、ドクリとシャンクスの中で小さな子供のような悪戯心が脈を打つ。 正直、今すぐにでも無理やりにでも、の慌てふためく顔を見たい衝動に駆られた。自身の首を狙ったかと思えば、頑なに距離を取り関わり合いを拒む。なのに頼み込めば意外にも願いを聞き、最後まで仕事をこなし、挙句人助けまでしている。 お人好し過ぎるだろ、と無意識のうちに笑みがこぼれた。顔も、名前も、素性すら謎に包まれた『顔無しの』……一体、噂話のどこまでが本当なのだろう?思わず言葉を飲み込み凝視する

「(おれが考えた所で、答えはでねェ)」

コイツ自身を知らなければ、結局出てくる答えはすべて『真実』ではない。いい加減離せと腕にさらに力を籠める賞金稼ぎを一瞥に、そして頷く。 初対面なのにフードを脱がせたのは悪かった、部屋を見つけ連れだしたのも、村の案内を無理やり頼んだのも少しは反省している。多分。 だがとて、一番最初に自分の首を狙ってきたのだから、それで両成敗にしていいだろう。更にいうなれば、おれの命はもう少し価値があるからまだ多少の無理は聞いてもらえるはずだ。

「(よしっ!)」

チマチマ考えても、今にも自分の手を振りほどき走り去ろうとする賞金稼ぎの考えは一生分かることはない。だったら、することは一つだけ。 目だけでベックマンに合図をし、の頭を掴ませる。ギョッと肩を大きく震わせる様に笑いをこらえながらシャンクスも肩に手を回し抱き寄せると、満面の笑みを浮かべた。

「案内、ありがとよ!んじゃいいとこ連れてってやる!!」
「……は?」
「諦めてついてこい」
「は!?」

拍子抜けしたような声を出し、ベックマンが言い終えると同時に困惑に満ちた反応が返ってくる。約束が違うと何やら騒いでいるが、そもそも「村の案内」をお願いしただけで「その後」を話した記憶はない。 自分でも分かるくらい悪い笑顔で告げると、今度はフードの奥で息を飲む音がした。日中の淡々とした態度が嘘のような反応に、悪戯心が再び顔を出す。

「更におまえに興味を持った、色々話をしてェ!」
「嫌だ!お断りだ!」
「だがな、思ったんだがおれの首狙ったことを水に流すには……」

ちと村の案内だけじゃ割に合わねェよな?と問いかければ、三人の間にしばしの沈黙が訪れる。 が自分を狙ったことに対し、やけに負い目を感じていることは気づいていた。別にシャンクスとしては久しぶりの出来事だったので大して気にしていないが、今現在この賞金稼ぎを手元に引き留める理由としてはその出来事が一番最有力なのだ。 良心が痛まないと言えばうそになるが、それしか思いつかないのだからしょうがねェよなと満足そうな笑みを頬に刻む。

「つーわけだ、今日は飲むぞー!!」
「程ほどにしとけよ、頭」
「ちょっと君たち!?僕の意見を聞く気はないわけ!?」
「「ねェな」」
「ーっ!?」

今まで数多の土地を訪れ、数え切れない人間と出会ってきた。そしてこんなに興味が尽きない上面白い奴と出会ったのは、麦わら帽子と共に約束をしたアイツ以来。それに……

「(海賊は、一度狙った獲物は逃がさない)」

その獲物が簡単に手中に収まらないというのは、尚の事男心をくすぐるというものだ。……まぁ残念ながら、相手も男だが。


  
(2019/6/6)
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