18話

一年に一度開催されるという、大きな祭り。その日が近いということもあって、村はどこもかしこも華やかに飾られていた。自然と足が踊りだしてしまうような音色と共に、村人たちは皆笑顔を浮かべ準備に勤しむ。……その場に似つかぬ雰囲気の人物たちを、そっと観察しながら。

「店主曰く、あそこが村一番の美味しい飯屋らしい」
「お!こりゃ今日の晩飯は決定だぞ、ベックマン!」
「そうだな」

村中を走り抜ける風が、鮮やかな赤髪と美しい銀髪、そして薄汚れたマントを揺らし通り過ぎてゆく。眩しい日差しが降り注ぐ、穏やかな昼時。 は注目の的となっている大男二人の先頭に立つように歩き、宿屋の主人に聞いた情報を思い出してはあちこち飾られた建物を指さす。

「んであっちが酒屋、隣は古本屋だと聞いてる」
「へェ、なんだかんだ言ってしっかり村のこと知ってんだな」
「残念ながら人から聞いた情報だ」

初めて訪れる土地に興奮を隠しきれないシャンクスだが、素直に感想を述べるも案内人は淡々とした口調で返すだけで、隣を歩くベックマンは必要なこと以外一切口を開こうとしない。勿論、それは未だ彼自身目の前の人物を『顔無し』と信じておらず、能力者の可能性もある危険人物にそう簡単に気を許すつもりなど無いからだ。 副船長の考えていることもわからなくもない…が、それでもだ。先程から「怪しいそぶりを見せた瞬間、その頭に風穴をあけてやる」と言わんばかりの鋭い視線をずっとに向けている。

「(お?)」

機嫌を損ねなければいいがと思った矢先不意に足を止め、村の案内を開始して初めてが振り返る。細く長い指でフードを持ち上げ、少しだけ顔を見せるがその表情はいまいち読めない。

「どうした?」

つられて立ち止まったシャンクスは笑みを浮かべ、そして無言で睨み合いを始めた二人に気付くと口元を引きつらせた。空を悠々と飛ぶ鳥の声が、重い沈黙の中響き渡る。 最初からが自分たちに対して友好的ではなく、何かを想い、一定の距離を作り接していることは知っている。それでも、海軍すら一切の情報を掴めない『あの』賞金稼ぎと出会うことができたのだ。自分たちを狙わないというのなら、心行くまで酒を飲み、まだ見ぬ世界の話を聞きたい。

どうすれば打ち解けられるのかと宙に視線を泳がせた時、これ以上は時間の無駄だと言わんばかりにため息を零し、は正面を向くといつも通りマントをなびかせ案内を再開した。苛立っているのか少しだけ早くなった足取りに気づき、二人もすぐに動き出す。

「(なぁ、お前が壁を作る理由はなんだ??)」

しかし、シャンクスの問いに答える声はどこにもない。それからも何かしらぶつかる二人のおかげで船長の気苦労は続き、必要以上の会話を交わさないまま日も少しくれた頃。

「あとはこの道を真っ直ぐ行けば…――」
「なんだー?」
「ん?」

海への近道を尋ねられ、嫌々そうな返事と共に少し入り組んだ道に向かったの言葉が不意に途切れる。不思議に思うシャンクスと、人気のない場所に誘われライフルに手を添えていたベックマンは目を細め、賞金稼ぎの案内が途切れた理由に気づとく肩をすくめた。

「ナンパ、にしちゃ女が嫌がってるじゃねェか」
「どっちかっつーと怯えた顔してるな」

三人から少し離れた先には嫌がる女の腕を掴み、近くの森へ誘う男の姿。どこの国でも見かける光景だが、女の怯えた表情を見た以上見過ごすわけにもいかない。仕方ねェなとシャンクスが肩を鳴らし、一歩踏み出した瞬間だった。風がないのにのマントが大きく揺れ、遅れて腹の底からひねり出したような男の悲鳴が辺りに響き渡る。

「(なんだ?)」

予想だにしていなかった展開に、シャンクスは瞬きを何度も繰り返した。同じように驚きを隠せない副船長と顔を合わせ、出していた足を戻し目の前を見据える。 遠目でも分かるほど慌てふためく男の足元には、幾つものナイフが器用にも囲うように地面へ突き刺さり、太陽の光を反射させ鋭い光を放っていた。影を大きく伸ばした賞金稼ぎが、気付けば男のすぐそばに立っている。 広場で流れる音楽の届かない場所なのか、少し離れているはずなのにの声がよく届いた。

「ねぇお兄さん」
「っ、あぁ!?なななにもんだテメェ!!」
「お姉さん困ってるみたいだからさ、その手離してよ」
「ふざけんな!こっ、こんなことしてタダで済むと……!!」

男は自分に近づく存在に気づき、取り出した小さなナイフを向け掠れる声で怒鳴る。女の前で恥をかかされた以上に、突然現れた得体の知れない人物とナイフたち。たいしてない経験と人間の本能でも危険な奴だと理解した頃には、恐怖に震える体に呼応し、動きの定まらない刃先の前にその姿はあった。目を見開いた男の喉が、小さく鳴る。

「遊んでくれるの?僕と?お兄さんが?ははっ、冗談やめてよ」
「ハ、ハヒィッッ!!」
「僕を楽しませてくれない奴と、遊ぶ気はない」

感情を一切言葉に込めず、表情はフードで隠され目視することはできない……だが、唯一露わになった口元は笑っていた。それが嫌に恐ろしく、冷たい汗が背中を伝い終わらないうちに、男は投げるように女から手を離すとそのまま脱兎のごとく消え去った。

「……お姉さん、怪我はない?」
「ひっ!あ、わたっし、あのっ」
「安心してよ、お姉さんには何もしないさ」

はやれやれと大げさに肩をすくめると、男と同じように血の気の引いた顔で震える女に声をかける。勿論、状況が状況なだけにまともな返答はない。

「あいつがナイフを投げたの、見えたか!?」
「……いや」

頭を下げ、逃げるように走り去る女をが見送る頃、シャンクスはたまらないという笑みを浮かべ、ベックマンに飛びつくように話しかけていた。やけに鼻息が荒い船長を肘で押しのけると、副船長はやっとライフルから手を離す。 タバコを掴み、ゆっくり吐き出された白い煙が不敵な笑みを浮かべる男たちを包みこむ。正直ベックマンは今朝の出来事も踏まえ、マントの男は『顔無しの』を名乗るただの賞金稼ぎだと思っていた。不用心さも警戒心の無さも、単なるボロが出たのだと。

「あれが噂の顔無し、か」

しかし先ほどの動き、覇気に近い空気を感じたら只者ではないと信じる他ない。確かにあの力量ならほとんどの海賊が赤子をひねるが如く簡単に捉えられるだろう……おれたちにはまだ敵わないが。そう呟くと、未だ楽しそうに笑うシャンクスが顎を触りながら首をひねる。

「仲間にしたら楽しそうだと思わないか?」
「!?おいおい、何考えてる。あいつは賞金稼ぎだぞ?」
「あ、そう言えばそうだったな」
「忘れるなよ」

本心なのか分からない船長の言葉にベックマンが眉を寄せていると、全てナイフを取り終わったのであろうが二人の元へと戻ってきた。 文句を言いながらも、きちんと仕事を続けるなんて変な所で律義な奴だと海賊たちが思ったことに気づかぬまま。



  
(2019/1/5)
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