フードの奥で瞬きを繰り返す。長いまつ毛が布に触れ聞こえる微かな音は、目の前の海賊たちの笑い声にかき消された。
『案内』の礼だと言われ連れて来られた場所は、記憶に新しい少し薄汚れた酒場。そして扉の先には、できれば違って欲しいと心から願った赤髪海賊団の宴会が行われていた。
「なんだ!全然酒が減ってねェぞ!」
「ははは……」
部屋の中心に置かれた、大きなソファー。その右端には喉を鳴ら酒を飲む赤い髪の海賊が、そして反対側には煙草を堪能する灰色の髪の海賊が座っている。
そんな二人の間に挟まれる形で中央に深く腰掛ける賞金稼ぎは、フチギリギリまで注がれた酒が入るジョッキを片手に乾いた笑いを零していた。
「(なんでこんなことに……)」
彼らと出会い、もう何度も思ってきたことを今日も一人心の中で呟く。答えは勿論返ってくることはなく、タバコと酒の匂いが混じった空気がサイファを包んでいた。
決して人助けをしたわけじゃないと、肩を組み楽し気に踊り出した海賊たちとぼんやり見つめる。単に自分自身が不愉快に思い、目障りだったから動いただけであり、助けた女から感謝をされる筋合いもなかった。
言ってしまえばただの自己満足に近い行為。……だというのに、自身を引きずるように酒場まで連れてきた赤髪の言葉を思い出しては頭を抱える。
『お前の事が気に入った!』
夢なら冷めてくれ、そう願ってもおかしくはないだろう台詞に、頭を掴んでいた銀髪の海賊もなにやら楽し気に笑みをこぼしていたのが恐ろしい。
もしかしてこのまま「顔無しのサイファ」の正体を世間に知らしめるつもりなのだろうかと、最悪な展開を予想しては眉を寄せる。
しかも不思議なことに、先程からサイファに向けられる周りの視線も出会った日と少し違っているのだ。友好的、とまではいかずとも最初の時のような鋭い視線も、ましてや殺意すらどこにも存在していない。
「(罠の可能性もある)」
酒場に入ってすぐ渡されたジョッキは、もともと酒が飲めないというのもあるが警戒心から一度も口をつけていない。フチギリギリまで注がれた液体を零さないよう注意しながら、机の上に置くと水滴で濡れた手をマントの裾で拭った。
表面にできた水滴が、ランプに照らされキラキラと光る。
「ん?なんだ、楽しくねェのか?」
「この場で僕が楽しめるとでも!?」
少し酒が回ったのだろう、いつもよりも頬を緩めた海賊の言葉に、は驚愕する。
君は馬鹿なのか?そういっそ言ってやりたいくらいだったが、これ以上面倒ごとは起こしたくないとぐっとのどまで出かかった言葉を飲み込んだ。その代わり、もう何度口にしたかわからない台詞を紡ぐ。
「賞金稼ぎが海賊たちと酒を飲めるわけがないだろ?」
「別に飲めばいいだろ?」
「そうじゃ、なくて……っ!」
溜まらず頭を抱えたい衝動にかられただが、あっけらかんと言い放つ男に言葉を失う。
酒の席を離れようとすれば、自身の首を狙ったことを話に出してくる。
そして途端に周りの視線はきつくなり、空気が凍ったように冷たくなった。
賞金稼ぎが海賊の首を狙って何が悪い、といつもの自分だったら笑い飛ばしていただろうが、
「彼」は特別なのだ。顔無しのサイファにとって、初めてできた友人の、大切な人。
その結果、ことあるごとにサイファの手を鈍らせ、心を重くし、口の中に苦い味を広げた。
いっそ出会わなければよかったとすら思っていることに、この呑気に笑う男は気づいているだろうかと
眉を顰めるも、帰ってきたのは笑顔だけ。
「(本当に、腹の中が読めない)」
苦手だ、この男が……本当に。
だがふと、何かが引っかかった。馬鹿な男を追い払った後から、シャンクスはことあるごとに
自身の首をサイファが狙ったことを話題に出してくる。きっとそれはサイファがそのことに
負い目を感じていることに気づいたからだろう。だが、だからこそだ。
「(なぜそうまでして"私"を引き留める?)」
そんなに謎に満ちた賞金稼ぎが物珍しいのだろうか……祭りが始まるまでの、単なる時間つぶしとして
話し相手にしているのかもしれない。
自傷気味に笑うが、勿論その笑みを周りの海賊たちに見せることなどしない。
持っていたグラスに口をつけ、そして飲む。ふわりと柔らかく甘い果実のジュースが口内に広がり、
鼻へと抜けていく。ひんやりと冷たい液体が喉を通る感覚は、少しだけ肩の力を抜かせる。
「(まぁ、どうでもいいけど)」
利用されることには慣れている。だから、奪う側へ身を投じた。
珍しくもないことだと肩をすくめ、サイファはもう一口。賑やかな海賊たちの笑い声を耳にしながら、
ジュースを喉へと流し込んだ。
(2017/10/22)