16話

「へー!これが噂の!」

部屋の隅にいたは、ベックマンに引きずられ中央に置かれた椅子に小さくなって座っていた。正面には深く椅子に腰掛け、何やら楽しそうな笑みを浮かべを見るシャンクスが、そしてそんな二人をぐるりと赤髪海賊団の幹部達が囲っている。永らく謎に包まれていた『顔無しの』をちゃんと見ようと他の船員達も隙間から必死に目を凝らすが、そのほとんどは瞬きを繰り返すと首をかしげた。

「この汚ねェマント着た奴が顔無しなんて信じられねェ」
「でもお頭を狙ったんだろ?」
「なら顔無しの名を語った、ただのクズ野郎だ!」

噂によればどんな海賊も瞬く間に仕留め、海軍すら寄せ付けない化け物のような奴だと聞いている。だというのに目の前の奴はなんだ、不審な動きを全く見せない上自分たちに歯向かう気配すら見せない。生きるためといえど面白くもない嘘をつくなら、頭を狙ったのならやっぱり生かしちゃおけねェ!とジョッキを片手にヤジを飛ばし怒声が響くも、陽気な船長の一声ですぐに収まる。

「面白いなら本物でも偽物でもどっちでもいいだろ?」
「いや、良くないでしょ」

口を大きく開けて笑う男に流石のもそれはどうだとツッコミを入れるが、「なら証拠はあるのか?」と問われると言葉に詰まる。自分が本物だという証明はどこにもない、名前も、容姿も、全てを隠し通し生きてきた。この場にいる誰もが『顔無しの』の名前以外知らないのは当たり前だ。酒が回ってきたのか少し熱を持つ自分の顔に眉を寄せ、居心地の悪さも相まって少したじろぐだが、すぐに背後に立つベックマンのライフルが後頭部に当てられ姿勢を正す。

「変な動きをするな、次は頭が飛ぶぞ」
「ははは……了解」
「おいおい、折角の客人を脅すなよ」

そう思ってるならこの人たちをどうにかしてくれ。声に出すことも許されない空気にそっとため息をこぼし、喉を鳴らしながら酒を飲むシャンクスを横目にはこの場から逃げ出す算段を始めた。大切な友人の一人、麦わらのルフィ……その彼にとって特別な存在である「赤髪のシャンクス」と、彼の部下達を傷つけることはルフィに対する裏切りに等しい。だからこれ以上彼らと共にいることは許されないと目を細め、唇を噛む。腕の一本か二本を犠牲にこの場を離れられたら一番良いが、果たして四皇率いる大海賊相手にどこまでできるかと静かに視線だけで辺りを観察する。すると突然気配なく伸ばされたシャンクスの右手が、のフードを迷うことなく掴んだ。

「とりあえず顔見せろ」
「は?」
「顔、見せろ?」
「!! いっ、嫌に決まってるだろ!」
「なんでだ??」
「なんでって、君たちは顔無しのの顔も知らないのだから見る必要はない!」
「でも顔隠されたまま酒飲むのも楽しくねェ!」

そうだろお前ら?と問えば、先ほどと打って変わりそうだ!顔を見せろ!と囃し立てる仲間たちに、赤髪のシャンクスはイタズラを楽しむ子供のように笑うと、改めて目の前の人物を爪先から自身が掴むフードのてっぺんまで観察した。フードを取られまいとマントから伸ばされ手は自分たちとは不釣り合いで白く細い上、よくよく見れば肩幅はあまり大きくは見えない。身なりも着飾っておらずマントも所々穴が空いており、尚のことこんなひ弱そうな奴が『顔無しの』なのかという疑問が湧いて来る。

「(気配の殺し方もナイフの使い方も、相当のレベルだった)」

だが投げられたナイフも躊躇なく向けられた攻撃も、並大抵の賞金稼ぎにはできないものだ。しかしそれだけであの謎に包まれた『顔無し』と判断するのも気が早い。頑なに脱ぐことを拒むにシャンクスは眉を寄せ、ちらりと意味深にベックマンに視線を送ると、わざとらしく大きなため息を零しフードから手を離した。

「仕方ねェ、おれは脱がすのをあきらめる」
「……、っ!?」
「その代わり、ベックマンが脱がすけどな!」

やっと諦めたか、そう思い力を抜いた矢先に後ろから副船長に脱がされ露わになってしまったの顔。最初は待ってましたと言わんばかりに歓喜の声を上げた海賊たちだったが、直ぐに言葉を失い、その場は水を打ったように静まり返った。どこかから吹いた隙間風が、優しくの髪を揺らす。漆黒の夜のように長く美しい髪と力強い瞳が目の前にあり、女とも、男とも取れるような整った顔立ちに誰もが口を開けたまま固まった。頬は酒に酔ったのか紅色に染まり、またそれが一層色っぽく見せる。てっきり貧弱野郎だと思っていたのにその予想は大幅に外れ、どこかからか「綺麗だ」と目の前の人物を褒める呟きが聞こえた。

「……もっと早くに去ればよかった」

静寂の中力強くそう呟くと、は乱暴にフードをかぶり立ち上がる。

「これで満足かい?悪いけど、もう失礼する」
「ちょ、待て待て!そう怒るなって、悪かったよ」
「別に怒ってるわけじゃない、この場にいる理由がなくなっただけだ」

とりあえず椅子に座れと右手を伸ばすシャンクスだが、その手は宙を掴む。はたと気づいた時には、マントを静かに漂わせ近くの机に少しおぼつかない足で立つの姿があった。窓から差し込む日の光に照らされ、表情は見えなくともぴりりとした空気をまとっている。行儀が悪いぞ!と誰かが怒るも、全くその言葉に耳を貸す気はないようだ。

「赤髪海賊団、君たちには二度と手を出さないし……出来たらもう会いたくもない」

そう言い終わると同時に身を翻し、止める船員達を気にも止めず机から机へと移動したかと思えば、あっという間に奥の扉へと姿を消した。慌ててを追う面々を、シャンクスは椅子に座ったまま幹部達とともに見守る。そして彼が不敵な笑みを浮かべた意味を、が知る由はまだなかった。



  
(2018/09/03)
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