15話

話し声や音楽に紛れ、自身へ向けられた殺意が混ざる賑やかな室内。はいつも以上にフードを深く被り、テーブルの隅で並々と酒の注がれたジョッキに口をつけた。得意としない酒の苦味に表情は険しくなるが、飲む事を止めるのは隣に座る男が許さない。

「ここの酒も結構旨いな!ほら、お前も遠慮せず飲め!」
「お気持ちだけありがたく」

機嫌よく次の酒を進めるシャンクスと向き合うことなく、はもう一度酒を口に含むと思考を張り巡らせた。何故命を狙った男と昼間から飲む羽目になったのか、というかどうして隣同士に腰掛けているのか。自身に問いかけても答えは帰って来ず、ぐっと堪えて酒を飲み込み辺りを見渡すも、向かいに座る赤髪海賊団幹部達の鋭い視線に気づき、顔を正面に戻した。

『お頭、そのマント着た変な奴は誰だ?』
『聞いて驚くな?こいつ、おれを襲ってきたんだ!』
『!?』
『どーも……』

この場に来た時のことを思い出し、は痛む頭を押さえる。ルフィへの罪悪感に頭を抱えていた自分を問い詰める事も襲う事もなく、「暇ならついてこい」と屈託のない笑顔を浮かべたシャンクスは、の腕を掴むとそのまま歩き出した。混乱と困惑にまみれ腕を振り払う事もできず、素直に従ったまま会話もなく道を進み、そして船員たちが待つ酒場の扉を開けたのは少し前。船長の登場に歓声が上がるのも束の間、見慣れぬ姿に気づき首をかしげた幹部たちに堂々とそう言い放ったのだ。

「どうした?全然飲んでねェじゃねェか」
「ははは……」
「大丈夫だ、金のことは気にせずどんどん飲め!」
「……僕が言うのもおかしな話だけど、命を狙った奴と酒なんて飲んでいいの?」

勿論を歓迎する者など一人もおらず、背中を押され渋々中に入ったものの、すぐに敵意と殺意に包まれ混乱していた頭は嫌という程冷静にさせられた。勿論それは現在進行形で、シャンクスの行動を理解できず無意識のうち零した言葉は、賑やかだった場を一瞬にして静寂にさせる。

「(死ぬなら早めがいい)」

失言したとは思わない。その為にわざわざ連れて来たのだろうと、武器を手に取る男たちを振り向くことなく、口を閉じたままのシャンクスと向き合う。麦わらの一味との再会の約束は残念ながら守れそうにないと肩をすくめ、「手短に頼む」と両手を挙げた時。突然口角を上げたかと思うとシャンクスは涙を浮かべながら膝を叩き、笑い声を大きく響かせた。

「だっはっはっはっは!おい聞いたかベックマン、こいつ殺されると思ってるらしいぞ!」
「お頭、おれたちゃいつでも準備ができてるぞ」
「って、お前らまで本気かよ!?」
「だろうねぇ」

咥えていたタバコを机に押し付け火を消し、白い煙を吐き出すのは副船長のベックマン。ジョッキではなくライフルを片手に、鋭い視線をへ向けた。赤髪海賊団船長の首を狙ったという、小汚いマントに身を包む素性のわからない存在。説明を求める前にやけに機嫌がいい船長の乾杯の言葉を合図に宴会が始まってしまったが、幹部たちは今尚いつ仕留めるのかと神経を研ぎ澄ませていた。

「待て待て待て!言っておくがおれはこいつを殺す気なんてこれっぽっちもねェぞ!?」
「でもお頭に手を出したんだろ?」

殺意に溢れる面々に気づき慌てて右手を振るシャンクスに、骨つき肉を片手に拳銃を持つルゥはやれやれとため息をつく。四皇の一人である赤髪を狙うだなんて馬鹿の極みだし、それ以上に自分たちにとって大切な船長を狙うだなんて言語道断だ。情けをかける必要もないとフードを深くかぶる頭に狙いを定める。

「だーっ!おれがいいって言ってんだ、お前らやめろやめろ!」
「でもお頭っ!」
「単身でおれの首を狙う奴なんて久しぶりだし、面白いじゃねェか!」

だから殺すのはダメだと力強く宣言するシャンクスに、何を言っているんだと思ったのは幹部たちだけではなく自身もだった。流石に開いた口が塞がらず、暫し思考も停止する。確かに四皇を狙う輩など早々現れないだろうが、だからと言って面白いの一言で片付けられる案件ではないはずだ。麦わらのルフィといい、赤髪のシャンクスといい、海賊たちの思考回路はどうも何かずれている。

「「「わはははははっ!!」」」
「……ったく、そいつは何者だ」

だが「流石お頭だ!」と船員たちが笑い出すや否や、長年左腕として仕事を共にして来たベックマンもこれ以上シャンクスの考えが覆らないことを悟ると、眉間に深くシワを寄せため息まじりに尋ねる。事の展開についていけないを一人残し、途端にその場は再び笑い声に満ちた。

しかし、『そいつは何者か』と不満げに問う副船長の言葉に、自分を狙った目の前の人物が何者か、そもそも名前すら知らなかったのはシャンクスも一緒だった。首をかしげるも、勿論答えが出てくるはずはない。ニカッと歯を見せ笑うと、自己紹介をはじめろとの背中をたたく。

「なぜそうなる!?」
「じゃなきゃこいつら、納得しねェみたいだ」

悪いな、とかけらも思っていない顔をして謝るシャンクスに、もうは何も言えなかった。笑っていてもそのうちの何名かは未だ武器を手放す気配などなく、自分がこの場から解放される様子もない。珍しく自暴自棄になると、飲みかけだったジョッキの中の酒を一気に飲み干し、乱暴に口元をぬぐい椅子から飛び降りる。赤髪の船員たちと向かい合った刹那、やはり大海賊とだけあって今までに感じたことのないような重く鋭い空気が自身を襲うが、どんな死地も一人で耐え抜いて来たのだ。引く気など、毛頭ない。

「……
「ん?」
「『顔無しの』、それが……僕の名だ」

彼を襲った全ての理由をこの場にいる全員が察するであろう名を口にし、これでどうだとシャンクスを振り返り数秒。外を歩く村人たちすら肩を跳ね上がらすような、赤髪海賊団の驚きの声が響き渡った。


  
(2018/09/03)
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