14話

砂浜に途切れる事なく打ち寄せる波を崖の上からぼんやり見つめる一人の姿。時折吹く優しい風は薄汚れたマントと、そして黒く長い髪を揺らしていた。

「困ったなぁ」

ポツリと呟き、珍しく素顔を露わにしたが大きく伸びをする。麦わらの一味と別れて約二ヶ月程、あの時降りた島から他の島へと相変わらず目的なく旅をしているのだが、不思議なことに賞金稼ぎとして働くことが一度もない。いや、正しくは動こうという気が起きてこないのだ。名のある海賊に出会っても、手配書に描かれた顔を見かけても。

「(やる気がどこかに消えたみたい)」

理由はわかるようでわからない、この島にきて随分経つがなぜだか無性に海が見たくなってこの崖へと毎日足を運び、何をするわけでもなく太陽が沈みまた登るまで美しい景色を見ていた。だが、それも今日で一旦おしまい。ため息まじりに重い腰を上げると、そのまま村がある方角へと足を進める。一年に一度ある大掛かりな祭りが3日後にあると、宿屋の主人が言っていたのを思い出しながら。

「ん?」

島の外から一般人だけでなく海賊たちも参加するらしく、もしかしたらいい出会いがあるかもしれないと自分に言い聞かせ山道を降りた。ふと、村に続く一本道を歩く見慣れぬ背中に気づき自然と足が止まる。穏やかな景色には似つかない黒いマントを悠々と漂わせ、左右に生い茂る木々と青空によく映える鮮やかな赤髪。のんびりとした足取りだが一瞬の隙も見せない背中に、は無意識のうちに唾を飲んだ。顔は見えないがただの村人でも旅行客でもなく、むしろそこいらにいる海賊ですらないことを力強い気配が語っている。

「(少しは楽しめそうだ)」

フードを深くかぶり、久方ぶりに高鳴った自分の胸の音に静かに微笑むと、振り返ることなく砂利道を進む男の足元めがけナイフを放つ。

「!?な、なんだァ!?」

地面に突き刺さった鈍く光る存在に男が足を止めた刹那、地面を蹴って一気に距離を詰め、風を切るように取り出した別のナイフを振り下ろす。の動きに一寸の隙もなく、流れるような刀さばきに今まで数多くの海賊たちが争うすべもなく倒れていった。だから、今回も振り返ることすらしない男に「残念、外れだったか」と落胆したのも無理はない。

「……へぇ」

だがあるべきはずの姿が一瞬で目の前から消え、振りかざした刀が砂埃だけを切ったことには笑みをこぼす。久方ぶりの『大当たり』に、自分の心臓が今までにないくらい大きな音を立てて動いているのがわかった。ゆっくりと顔を上げ、いつの間にか離れた場所に立つ男を見据える。

「お?もう祭りが始まってるのか?」
「残念ながら村の祭りは明後日からだよ」
「そうか!んじゃこれは前夜祭ってとこだな」

未だ晴れない砂埃の中、顔はよく見えないが自分に対して言われているであろう声になんら恐怖の色はない。驚くことも、怯えること、畏怖することもなく、ただただ楽しそうな笑い声だけ。なんとなく一瞬だけルフィを思い出すもすぐに小さく頭を振り、地面に刺さったままだったナイフを抜いてマントの中に仕舞うと、は首をかしげた。

「お兄さん、何者?」
「ん?おれを知らないまま襲ったのか?」
「襲ったというか、味見かな」
「だっはっはっは!おれは食っても旨くねェぞ!」

豪快に笑い飛ばす声に重なるように再び浮かぶルフィの姿、は自分らしく無いと心の中で叱咤しながら舌を打つ。そして深くかぶっていたフードを持ち上げ目を細めると、少しずつ晴れてくる視界の先にいる男を目を見つめた。真っ赤な赤髪、潮風にたゆたう黒のマント、大きく前が開けられたシャツと陽気なズボンにビーチサンダルという組み合わせ。なんとも変な奴だとは眉をひそめる。だが突然吹いた風が一瞬にして砂嵐を取り払い、青空の下露わになった男の顔を見て言葉を失った。

「お前は食ったら美味いのか?」

左目の上にある三本のキズ、姿形の見えない左腕。無精髭の生えた顎を右手で触りながらニヤリと笑うその姿は、以前一度だけ見かけた手配書に大きく載っていたのを思い出す……『赤髪のシャンクス』。その大海賊は海軍すらも恐れ、四皇の一人としてこの広い海に名を知らしめている。あまり人の顔を覚えないとて、流石に赤髪海賊団たちの顔も名も覚えていた。だからこそ、この失態のダメージは大きい。

「……僕も、美味しく無いよ」
「確かに汚ねェマント着てるな、お前」

今までの自分なら敵わないと分かっていても、喜んで赤髪に挑んでいただろう。興奮を、命のやり取りを、唯一楽しいと思える時間を望んでいた。だが目をキラキラとさせながら聞かせてくれたルフィを思い出し、は低く唸る。やる気どころか勘さえも消えていたのか、こんな村の祭りに大海賊が来るだなんて予想外にしてもだ。

「(あぁ、ルフィになんて謝ろう)」
「?どうした?」

だから何度もルフィの顔を思い出したのかと理解するころには自身の頭を抱え、ズルズルと地べたに座り込む。赤髪が何やら気にしているようだが正直そんなこと今はどうでもいい。ただただ大切な友人の大切な人に喧嘩を売ってしまったと、久方ぶりの後悔には低く唸り続けるのであった。





  
(2018/06/10)
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