12話

口を開き固まった二人に、はしばし沈黙した後噴き出した。魔法使いは冗談だと、そう肩を震わせながら。不覚にも「まさか」と思ったゾロは馬鹿にしているのかと怒るも、反省のない謝罪の言葉に顔を引きつらせる。

「ごめんごめん、二人があまりに真剣な表情だったから」
「今すぐ表出ろ、ぶった切る」
「落ち着けゾロ!!喧嘩はだめだ!あとコイツ病人だぞ!」
「ははは!魔法使いは嘘だけど、その代わり僕は怪我や病気が治せるんだ」
「……」
「んだそりゃ!?」

唯一見せる口元に不敵な笑みを浮かべ、突然船室に響いた言葉。瞬きを繰り返し、どういう意味だと眉を寄せるチョッパーが医者なのかと問えば、は首を横に振る。また冗談なのかと呆れたように笑うと、は否定も肯定もせず肩をすくめ話を続けた。

「不思議な力を持った一族の生まれでね、自分の血を飲ませることで治療する」
「はぁ!?」
「!?そ、そんな話聞いたことねェぞ!?」
「当たり前だ。ずっと隠されてきた力で、海軍すら知らない」

熱で震える指でそっとゾロをさし、「信じるかは自由だ」ともう一度念を押すように付け加えられた言葉の意味が、昨日のゾロの毒治療の事と察したチョッパーは、暫し固まった。治療薬がないはずなのに、後遺症らしき症状を一切見せることなく回復したゾロ。それがの力のおかげだとすると、確かに話の筋が通る。じわじわと胸の底を叩くような感覚に知らぬ間に口角は上がり、瞳すらも輝かせ身を乗り出すようにを見る。

「凄いぞ!つまりがいれば世界中の人を助けられるんだな!」
「へ?」
「どんな傷負っても次の日にはピンピンっつーのも悪かねェ」
「……驚いた。気味が、悪くないのかい?」

夢のような話だとチョッパーは声を弾ませるが、なぜかからは少し驚いたような声が返って来る。人ではない、神の領域すら侵す力。それが原因で僕の生まれ育った国は消えたのだと、自傷的な笑みと共に声を掠れさせ呟くの手はベッドのシーツを握りしめていた。周りと一つでも違うだけでどんな仕打ちが待っているのか……それはチョッパーも身を持って経験した。の言葉の意味も、強く握られた手が震えている理由も、手に取るように分かるからこそ、満面の笑みを浮かべ告げる言葉は力強い。

「おめェの力は人を救えるんだ!格好良すぎて羨ましいぞ!」
「よかったじゃねェか、船医直々の褒め言葉だ」
「……ははっ、生まれて初めて言われたよ。そんな最高な言葉」

は口元を綻ばせ、ズルズルと崩れさせるようにベッドに倒れこむ。荒く呼吸を繰り返し肩を上下させる姿にチョッパーはゾロの膝から飛び降りようとしたが、熱で震える手で制され動きを止める。

……」
「血の……代わりにさ。体液でも同じような効果が、出せるんだ」

まだ自分たちを拒絶しているのだろうか、駆け寄ることすら許されないのかとジワリと涙で視界をにじませたチョッパーだったが、気恥ずかしそうに呟かれた一言に瞬きを繰り返す。思考回路は一時停止し、理解しようとすればするほど変な声が零れた。そしてどういう意味だと身を乗り出し尋ねるが、睡魔が襲ってきたのであろう。はウトウトといつもよりゆっくりと、少し声を控えながら言葉を紡ぐ。一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けたチョッパーは、その時静かにゾロが動揺していたことに気づかなかった。

「例えばキスとか、そんなのでいい」
「キ、キス!?」
「傷が出来ない代わりに、凄く……疲れる……だから治療はいらないよ」
「そ、そうなのか!?なら良かったって、え?え!?」
「ーっ!!!」

それはつまり?と問うより先に、スヤスヤと穏やかな寝息が部屋に響いた。必死にが話してくれた内容を頭の中で整理し、「まさか」という結論に達した時突然音をたてゾロが立ち上がる。チョッパーは重力に逆らうことはできず、鈍い音と共に地面へと落とされた。受け身を取る暇なく受けた衝撃に、一瞬視界に火花が散る。

「ゾ、ゾロ!!いてェじゃねェか!!!」
「……っ!!」
「?ゾロ?」
「おまっ!だからあの時きき、きっ、キス!してきたのか!!」
「!?」

目を見開き言葉を失うチョッパーを振り返ることなくゾロは力強い足取りでベッドに近づき、顔を真っ赤にしての体を揺するも、相当深い眠りについているのか起きる気配は全くない。そんなに更に怒るゾロだったが、チョッパーは地面に座り込んだまま二人を交互に見て頭をフル回転させた……ということはつまり、つまり……

「ゾロ、とその……キス、したのか?」
「言うなチョッパー!!」

恐る恐る尋ねれば、ゾロは振り返ることなく叫ぶ。耳どころか、首までも赤くして。そうかーおまえら仲悪かったみてェだけど仲良しになったんだなーと、うっかり声に出してしまったのは仕方がないだろう。
チョッパーがにこにことそう言い終わるや否や、ゾロは近くにあった布団を乱暴にに投げつけ、そのまま部屋を後にした。少し揶揄い過ぎたかと反省するが、先程膝から落とされたのでお相子だとチョッパーは肩をすくめ、遠ざかる乱暴な足音に耳を傾けながら寝息を立てる人物のベッドへと近寄り布団を丁寧に掛け直す。

「ありがとな」

ゾロを助けてくれて。あと、お前の事話してくれて。
フードに隠された顔をそっと覗けば、額にいくつかの汗の粒が光っているが表情は少し穏やかに見えた。まさか本当の名前や顔より先に、海軍すら知らない最重要秘密であろうことを教えてもらえるとは思ってもいなかった。正直驚きは隠せない……だが熱にうなされていてもいい、一時的な気まぐれでもいい。おれたちに『本当』を話してくれた、それがただ嬉しい。そっと伸ばした手でフード越しに頭をなでながら、チョッパーは上手く言葉にできない熱い想いにそっと頬を緩ませた。


  
(2018/06/09)
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