11話

久方ぶりの日差しに口角を上げながら、ゾロは目を閉じた。数日寝込んでしまったが体のだるさは既になく、呼吸を深く繰り返しゆっくりと瞼を開ける。魚の毒は思った以上に苦しかったが、後遺症など特に見当たらない。よかったと安堵の息をこぼしながら愛刀を両脇に差し込むと、何かと理由をつけて医務室に顔を出していた仲間たちの姿を散歩がてら探すことにした。と言ってもそんなに広くはない船内を探すのはたやすいことで、一人、また一人とすぐに見つけては、なにかしらの小言を投げられる。時には心配したと怒られ、時には阿呆と笑われ。それでも最後は「元気になってよかった」と言われてしまうと、なにも言い返す気など起きない。キッチンにいたサンジから今日の夕飯には美味い酒を出すと振り返ることなく言われ、鼻歌交じりに少しだけ軽い足取りで医務室へと続く道を歩く。

「お!ゾロ、もうみんなに会えたのか?」
「あー、一人以外はとりあえずな」

扉を開ければ、机に向かって何か書き物をしていたチョッパーが振り返り、特に疲れた様子も見せないゾロを見て満足げに笑った。による治療が行われ、奇跡のような出来事が起きたことはチョッパーの記憶にも新しい。医師としてその治療法を知りたかったが、はぐらかされてなにも分からないままだ。それでもあんなに苦しそうだったゾロが元気になったのならそれでいいと笑みをこぼす。しかし、はたと何か探している様子のゾロに気付き首を傾げた。

「どうした?探し物か?」
「いや……の奴、知らねェか?」

船中を探したのにどこにもいなかったと不満げに呟くゾロの言葉に、今度は少しだけ眉をひそめたチョッパーが口を開く。

「おれもよくわかんねェんだけど、最近調子が悪いみたいで」

ゾロが回復に向かったその日から、少しだけの様子がおかしかった。足元はふらつき、時折ぼーっとしては食事量も目に見えて減った。顔は相変わらずフードに隠れて見えなかったものの、一通りの仕事を終えると使っている部屋へ姿を消すのがここ数日続いている。心配するも大丈夫の一点張りで……多分今も部屋にいるんじゃねェかなとチョッパーが言い終わると、ゾロは口早に礼を告げ踵を返しがいる部屋へと向かう。

「(あの野郎……!!)」

ただ一人、見舞いにあまり来なかったのは正直顔を合わせづらいからと思っていたがどうやら違うようだ。『あの時』のことを思い出し、自然と表情は険しくなる。一発殴らないと気が済まないと乱暴に足を進め、「おれも心配だ!」と慌てて付いてきたチョッパーと共に二人並んで歩く。そしての部屋の前にたどり着くと、止めるチョッパーを気にもとめずゾロは躊躇なく扉を開けた。

「ゾ、ゾロ!?なにしてんだおめェ!!」
「なにって、寝てたら叩き起こせばいいだけの話だろ?」
「……残念、起きてるよ」

どういう理屈だとチョッパーが唖然とした時、力ない声が聞こえる。見渡せば、ベッドに横たわるが二人に手を振っていた。相変わらずマントを身につけたままの姿で体を起き上がらせようと動くが、すぐに崩れ落ち荒い呼吸を繰り返す。

!大丈夫か!?」
「ははっ……疲れが溜まっただけ、寝れば治るよ」
「んなわけねェだろ!おまえっ、どこか悪いんだろ!?」

慌ててチョッパーがそばに駆け寄り声を荒げるも、それでも「大丈夫」を繰り返し、部屋に入ることなく扉の前に立つゾロへと声をかける。

「元気そうでなにより……もうどこも痛くない、かな?」
「……おかげさまで」
「うん、よかった」

投げかけられる言葉がなにを意味するのか、ゾロは聞かなくともわかった。あの日に起きたことは朦朧とした意識の中でも確かにはっきり残っており、正直その理由を聞くために探していたのも一つある。助けられたといえど正直男への趣味など毛頭、これっぽっちもないわけで、一発どころか二発くらいとりあえず殴っておこうと思っていたが、状況が状況でどうしたものかと悩む。暫し会話の意図が掴めないチョッパーが交互に二人を見ていたが、意を決したようにベッドに飛び乗ると、の手を取った。

「っ!おまえは俺たちのこと、仲間と思ってねェかもしれねェ!」
「チョッパー……」
「でもおれはおまえを友達だと思ってるし、仲間だと思ってる!」

無意識のうちに溢れ落ちる涙や鼻水を拭うことなく、フードの奥に見える弱い光しか映さない瞳に必死に話しかける。最初の出会いがどうであれ、この船で共に過ごした日々は、笑いあった日々は、チョッパーにとっては大切な思い出なのだ。絶対になにがあってもおまえが嫌がっても、おれが助けてやる!そう宣言するとの手を離し、ベッドから飛び降り扉に向かって走り出す。あのが急に体調を崩すなんて原因がどこかにあるはずだと乱暴に目元を拭った時、突然背後で何かが落ちるような鈍い音がした。慌てて振り返ると、なぜか先ほどまでベットで寝ていたが床に落ちている。

「なっ、なにやってんだおめェー!?」
「あー……はは、びっくりした」
「そりゃこっちのセリフだ!つーかなんでそう簡単に落ちてんだ!」
「なんでだろうね」
「こっちが知りてェよ!!」

流石のゾロも驚いたのだろう、バカかおまえは!と叫ぶとの元に駆け寄り、倒れた体を投げるようにベットに戻した。あまりに雑な扱いに目を見開いたチョッパーだが、何が楽しかったのか珍しく声に出して笑うの姿に、知らぬ間に上がっていた肩の力を抜く。ルフィと同じくらい変な奴だと苦笑すれば、体を起こし壁に背を預けたが手招きしていることに気づいた。

?」
「こんな自分に必死になってくれる人がいるなんて、未だ信じられない」
「おまえはおれの友達で、仲間だからな!助けるのは当たり前だ!」
「泣ける言葉だ……じゃあ少しだけ、話そうかなぁ」

空虚を見上げ、独り言のように呟かれた一言。しかしそれはチョッパーの耳にも届き、それが何を意味するか理解するよりも早く伸びてきた力強い腕に捕まれ、はたと気づいた時には椅子に座るゾロの膝の上にチョッパーはいた。

「なんだこれ!?でもすっげー座り心地がいいぞ!」
。その話を聞けば、てめェの今の状態についても教えんだろな?」
「うん。因みにこれまだ他言無用ね、ルフィに実践してって言われたら困る」
「……分かった」
「お、おれは約束は守る男だぞ!」
「ははは、なら安心だ。実はね、僕は魔法使いなんだ」
「「は?」」

てっきり体調が悪い理由を聞かされると思っていた二人は、言葉の意図が全く理解できず顔をしかめる。だがはこの話を信じるかの判断は任せると付け加え、相変わらず荒い呼吸を繰り返しながら話し始めた。



  
(2018/06/09)
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