「越前君、ほらほら手を動かす!」

窓から差し込む夕陽が、閉館時間となり、委員の俺と先輩しかいない図書室を赤く照らす。
シンと静まりかえっている図書室は、まるでこの世界に俺と、先輩しかいないような錯覚を持たせた。
そんなことをボンヤリと考えながら、俺は先輩に言われた通り、止めていた手を動かし作業を再開する。

「……先輩」
「なにー?」
「これ、何すか?」

しかし、俺は自分が作っているものを理解できず、再び手を止め、長机を挟み向かい合うように
座っている先輩を見た。

「チラシで作ったゴミ箱、だけど」

俺の質問に、先輩は手を止め、キョトンとした表情をしながら首をかしげる。
まるで『何を言っているのか』と言わんばかりに。果たしてこれは俺がおかしいのだろうか?

「……俺たち図書委員っすよね」
「そうだよ」

一体このゴミ箱と図書委員にはどのような繋がりがあるのか。
「それがどうかした?」と聞いてくる先輩に、俺はなんでもないと素っ気なく答え、
机に無造作に置かれているチラシの山を見た。
反対側をみれば、俺と先輩がせっせと作ったチラシのゴミ箱の山。

「(何に、使うんだ?)」

首を捻るも、答えは見つからない。
とりあえず、俺は折りかけのチラシと再び向き合い、小さくため息をついた。

意味の分からない作業に対してではない。
早く部活にいきたい為ではない。
今日もあまり会話が長く続かず、先輩との関係が進展しないことに対してだ。
二人きりと言う空間が、俺の感情を掻き立てた。

「(……痛い)」

ギュッと、学ランの胸元を握る。時折起こる、『発作』のような症状。
少しだけ開いている窓から流れ込んだ風が、優しく俺と、先輩の髪を揺らす。
そんな光景にさえ目を奪われる俺は、結構重症だと思う今日この頃。

2度目の小さなため息をついた俺は、やっとゴミ箱を作る作業を始めた。
まずは半分にして、また半分に折り畳んで……。既に慣れた手付きで一つ、また一つと作っていく。
心の隅に、先輩に対するこの感情の憤りを感じながら。

「(集中、しなきゃ)」

そう思えば思うほど、意識はチラシから目の前の先輩へと行く。
まだ俺たちは知り合ってそこそこで、今の現状を表現したら『先輩と後輩』が一度正しい。
お互いの趣味は知らないし、なによりそこまで話すことがないのだ。
知っていることは名前と、学年だけ。
接点は、委員が同じなことのみ。あとは校内ですれ違う程度だ。

痛みが増す心臓に、心に。俺は眉間にシワを寄せる。

「(バカみたいだね)」

勿論自分自身が。
たったこれだけのことしか知らなくて、これだけしか接点が無くて。
二人の関係を進展しろと言う方が無理な話。

だからだろうか。手を伸ばせば届くはずの距離に先輩はいるのに、何故だか遠く感じて。
勝手に一人で物事を思い付いては、落ち込む。
そう、例えば先輩に彼氏はいるのだろうかとか、少しは俺を異性として意識してくれてるだろうかとか。
不安ばかりが俺を襲う。時折、微かな希望すら持てないときがある。

「(迷惑な話だよまったく)」

だけど、日々『好きだ』という感情だけは成長するのだ。
大きくなりすぎて、俺が息苦しくなるくらい。

好きになった理由?それがよく分かんないんだよね、と肩を竦めた。
気付いたら好きになっていた、だなんてありきたりな言葉なのかもしれないけれど。
それでもきっと、俺にとってはその通りの言葉だと思う。
ぐるぐると回る観覧車のように、止まらない俺の思考。やっとそれが止まったのは、先輩が手を止め、
じっと俺を見てることに気付いたから。

「……なんすか?」

平静を装って、なにもないような態度。
本当は心臓は急に速度を速め、『もしかして』と期待を持っては、自分を傷つけないために押し殺す。
先輩の小さな行動にすらこんなにも俺が冷静さを失っているとに、きっと先輩は気付かないだろう。
自嘲気味に笑うと、先輩は少しだけ困ったような顔をして、そして笑った。
その表情を見ただけで、ドクンッと、体が脈を打つ。

「越前君の手、大きいなぁって思って」
「はぁ」
「運動してるから?それとも男の子だから?」

自分の手を様々な角度から見ながら、先輩が問う。
俺はそんな先輩を見て、次に俺自身の手を見た。所々にマメのある、見飽きた手。
この手が大きいのは、先輩を守るため。だなんて臭いセリフを考えながら。

少しして。
先輩が俺の目の前に手を平を出した。細くて、白くて。触れたら消えてなくなりそうな、儚いもの。

「どれくらい大きいか、比べよう!」
「ゴミ箱、作んなくていいんすか?」
「大丈夫、沢山出来たし」
「ずっと作ってたっすもんね」
「それに、今日する仕事なかったから作ってただけだし」
「……」

少しだけ言葉を失う。先輩は俺を見て誤魔化すように笑い、そして「ごめんね」と言った。

「別にいいっすよ」

俺としては、一緒にいることが出来たから。
勿論そんなことは言わないけど、心の中で小さく呟く。
テーブルの下でバレないように手のひらをズボンで拭いて。
徐々に大きくなる心臓の音が先輩にバレたくなかったから、わざとらしく深くため息をついた。

先輩の手、ちっちゃい」

「うるさいよ!」

ゆっくりと重ねる手。初めて触れた肌。そこから伝わる心地のよい人肌。
緊張で震えそうな自分の手を、必死に落ち着かせる。

「……やっぱり負けちゃった」
「まだまだ、だね」

その一言は、これだけのことに幸せで、泣きそうになった自分か、
悔しそうな顔をする先輩に言ったかは分からない。

ただ時よ止まれと、この温かさを愛しみながら、俺は強く願った。




触れる手の体温すらも愛しい




(2018/01/29)
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