長い長い廊下に伸びる、二つの影。 足音だけが響いて、会話など一切ない。
窓から差し込む夕日を横目に、前を歩く男の足音に耳をすました。




一番高いところから心を捨てて





学級委員になったのは、今のクラスになってから。
あまりに希望者が多くて、くじ引きで決めることになったのは目の前を歩く男のせいだろう。

「……」

さらさらと、歩く度に揺れる金髪に目を細める。
三年生のクラス替えで、私は初めて噂の生徒会長様と同じクラスになった。
常に話題の中心にいる人物で、他校にすらファンクラブが存在してるとか。

「(跡部様、か)」

視線を彼からそらし、床へと向ける。
今まで全くといって良いほど接点がなく、噂話でしか彼を知らなかった。
なぜ彼女たちが同級生を様付けで呼ぶのか、なぜあんなに周りに慕われるのか。
理解ができなかった。
だから同じ委員会になったときも、少なからず緊張はしたものの、それだけ。

「(…だった、のに)」

同じ空間で、同じ仕事をして、他愛のない業務的な会話を交わす。
毎日の放課後に行われる、ただそれだけの内容。
それらを重ねる度に気付くのは、噂と現実の違い。
そして表には決して出さない物事に注ぐ想いを知った。
ぶれることのない力強い瞳に目が離せず、息すらも忘れてしまいそうだった。

「(叶わないって知ってる)」

知っていたから。
分かっていたから、近づきたくなかった。
『私は興味がない』という振りをして、自分を騙していた。
それらを理解していたからこそ…だからこそ、好きになんてなりたくなかった。
辛いだけだというのに、想いは募るばかり。
消えてほしいのに消えない、忘れたいのに忘れられない。
辛くて、苦しくて、触れることも許されない想いに心臓が押し潰されそうになる。

「(痛い……)」

ぎゅっと、自分の制服の胸元を掴む。
私の気持ちとは裏腹に、どんどん大きくなる感情。
私一人では抱えきれない重みに息苦しくなり、徐々に足取りが遅くなる。
そして、いつしか立ち止まってしまった。深呼吸を暫く繰り返し、ゆっくりと顔を上げる。

「(……)」

私の見つめる先には、変わらない速度で進む彼の後ろ姿。
ゆっくりと、確実に二人の距離が伸びる。
教室を出てから一度も、彼は振り返ることも、私に話しかけてくれることもなかった。
そもそも、今まで名前すら呼んでもらったことすらない。
いつだって『おい』とか『お前』、とか。

名前をまだ覚えていないのだろうか、それとも彼の目に私は写っていないのだろうか。
じわりと、目元が熱を持つ。ぐるぐると感情が入り交じり、吐き気すら催した。

「(……っ!)」

この恋が実るだなんて思っていない。
彼の隣に立てないということなんて知ってる。
高望みはしない。
これ以上夢は持たない。
ただ一つだけ、たった一つだけ。未来がないことを承知の上で、願わせてほしい。

「(振り、向いてっ)」

理由はなんだっていい、クラスの連絡でも、仕事のことでも、明日の天気だっていい。
ただただ、ほんの一瞬だけ私を見てほしい。
いつの間にこぼれ落ちた涙が、床に小さな水溜まりを作る。
いっそこの感情も流れ落ちてしまえば楽なのに。
誰にも知られないまま、何事もなかったのように。


長い長い廊下に伸びる、一つの影。
遠くなる足音だけが響いて、会話など一切ない。
窓から差し込む夕日は、私だけを照らしていた。



(2018/01/29)
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