彼の彼女が現れた場所には風が吹く

(そしてその風はいつも彼を包む)



春の日差しが差し込む昼時。 窓際の席で心地の良い光に当たりながら、図書館で借りた本に目を通す。 机の向かいに座っている高尾の言葉は右から左へと聞き流し、物語の『第2章』を読み終えたところで しおりを挟んで本を閉じた。

「あれ?真ちゃん、本もう読まねーの?」
「……そろそろアイツが来る時間なのだよ」

ゲラゲラと、今の今まで一人笑っていた高尾が怪訝そうな顔をして首をかしげる。 しかし俺が『理由』を言い終わるよりも早くハッと目を見開き、教室の前方に飾られた時計を見て 高尾は誤魔化すように笑い、頭を掻いた。「あぁ、そうだったな」と呟きながら。

何故俺がこんなことまで覚えなければいけないのか。 ため息交じりにメガネをかけ直し、本を机の引き出しへと戻したとほぼ同時に、教室の扉が開かれる。 ほぼ毎日、昼休みの終わる5分前。 いつの間にか『当たり前』となった光景にクラスメート達は誰も振り向くことなはなく、 その人物もまた、慣れた足取りで一直線に俺たちの元へと足を進める。

「よっ、

片手を軽く上げ挨拶をした俺と高尾に、俺たちのすぐ横で足を止めた人物も同じような挨拶を返す。 この学校に入り、高尾と知り合ってから毎日見る光景。

「やっほ、相変わらず暇そうにしてるね」
「どっかの誰かさんが来るからどこにも行けねーの」

にやりと笑った高尾の一言に、ソイツ― はばつの悪そうな顔を浮かべた。 至って『普通』という言葉が似合うは、小さな時から高尾とほぼ共に育ったらしい。 幼稚園と小学校、更には中学校も同じ所へと進み、ふとしたことをきっかけに高校入学前から お付き合いするようになったのだと……ある日の部活の帰り道で、ぽつりと高尾が漏らしていた。

「あ、明日からは用があるときだけ来る……!」
「は!?や、嘘!用事とか無くて、マジ俺暇人!」

飽きもせずがここに足を運ぶのは、高尾に会いに来るためだ。 それ以外の用事は全く無いようで、必然的に高尾がいない時はも姿を現さない。 一度だけ高尾に理由を聞いてみたが、『放課後一緒に帰らない代わり』だとか言う、 俺には到底理解しがたい返事が返ってきた。 なぜ一緒に帰宅しないのか、ではなく、なぜこうまでして会う必要があるのか。

「(意味が分からないのだよ)」

ため息交じりにメガネを押し上げ、引き出しに入れた本を再び取り出す。 目の前で交わされる会話を聞き流しながら、しおりを挟んだページを開いた時、困惑の表情を浮かべた 高尾が俺を振り返った。同意を求めるように、何度も執拗に同じ言葉を繰り返しながら。

「俺、いつも暇人だよな!来ねー時は、寝てるよな!」
「……」

なぜ一々俺に話を振るのだ。そう言いかけて、やめる。 代わりにあまり見ることはない『が来ない日の出来事』を思い出し、仕方なく高尾の言っていることは事実だと 肯定した所で「ほらな!真ちゃんもこう言ってるだろ!」と口早に言葉が続けられた。勿論、高尾によって。

「……分かった、これからは来る回数減らす!」
「は!?なんで、っつか何を分かったんだよ!?」
「放課後も部活あるし、少しでも休んで体力回復しなきゃかと」
「だーっ!お前の顔みれりゃそれで元気百倍だっつーの」

痴話喧嘩なら別の場所でしてくれと、今まで何十回も思ったことを今日も思う。 再び本に視線を戻そうとして、俺は先ほどまで何事もなかったはずのの顔が朱に染まっていることに 気づき、少しだけ目を見開いた。 顔だけでなく、耳や首までもを赤く染め、遠目からでも小さく震えているのが目に見えた。

「なっ、こ、こんなところであんた!」
「あれちゃん、もしかして照れてんの?」
「うるさい!」

にやにやと笑いながらに顔を近づける高尾。 そしてその高尾に噛みつくように文句を言ったかと思えば、両手で顔を覆う……今更なことだと思うのだよ。

「耳まで真っ赤なんだし、別に隠さなくてもいいだろ?」
「わー!もう見ないでよっ!離れて!」
「んじゃ、が俺に顔見せてくれたら離れる」
「む、むきー!!」
「ははは、更に赤くなってんなー!」

喜びを乗せた高尾の笑い声が教室に響き、遅れて、顔を紅潮させたの怒りのこもった声が聞こえた。 まったくもってお前たちは読書の邪魔なのだよ……そんな俺の溜息も、二人の声に交じる。 しかしながら、既に『見慣れた』光景なことには変わりない。

「たっ、高尾のバカー!!」
「照れるも可愛いよなー」
「やれやれなのだよ」

つい先ほどもしたというのに、何度目かのため息を着く。
窓から差し込む日差しに目を細め、嗚呼今日も良い天気だと響くチャイムをぼんやり聞きながら
澄み切った青空を見上げた。



(2018/01/29)
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