「……なんだ、それ」
開口1番、自分の彼女に対して不審者を見るような目つきをして言い放った彼氏さん――勝己の一言に、私は思わず全力で顔を顰めた。
もっと言い様があるだろう、心配とか焦りとか。どう見ても昨日までなかった物が、突然頭からニョキっと生えているなんて、異常でしかないのに。そこに愛はあるんか?だなんて、CMで聞いたフレーズを思い出しながら、ふつふつ沸く怒りを、心の中で1人述べるが口には出さない。怖いから。
「……ツノです」
「見りゃわかる」
「トナカイの、ツノ」
「なんでンなのが生えてんだよ」
更に眉根を寄せて尋ねられた言葉に、つられて私の眉根も寄る。だから、まずは体に異常がないかとか心配はしてくれないの!?そんな言葉が喉まで出るが、グッと堪えて、深呼吸ひとつ。そして、寮の自室に突然訪問してきた勝己に、事のあらましを説明する。
「他クラスの子の個性暴走して、それに巻き込まれた」
「はァ?」
「何かを作る個性らしいけど、なんか、今回はトナカイのツノって」
「ンでよりによって、物騒なヤツ生やしてンだよ」
それは私が心から思った台詞だ、思わず八つ当たりのように勝己を睨んでしまう。そもそも、今日は朝からついていなかった。目覚まし時計が壊れて1時間早く起こされたし、お米が無くて朝ごはん抜きで飛び乗った電車は満員電車で、早々に疲弊した体で学校に着いた途端、事故に巻き込まれてしまったのだ。
理不尽にも程があると1人思い出して憤っていると、ふと、目の前であぐらをかいて座る勝己の表情が、なにか訴えるものになっていた。なんだ、どうした、やっと私を心配してくれるのかといそいそ「何?」と首を傾げ、尋ねてみる。瞬間、ずしっとした重みを持つトナカイのツノが、私の首に静かにダメージを与えた。
「ソイツだけか?」
「は?」
意味のわからない言葉に対するすっとんきょんな声が、哀れにも自室に響く。勝己は今度は不機嫌そうな顔をして、私の荒れ狂う心の内など知らずに、口を開く。
「それ」
「それ?」
「ツノ」
「……私にツノが生えてますが」
「そうじゃねェ!!」
ニョキリと頭に生えた角を指さし、単語しか口にしない勝己は「心配じゃないんかい!」と再度憤る私に対し、声を荒らげる。しかし、ツノの生えた経緯は説明をしたし、なんなら何の動物のツノかも説明した。心配の「し」の字もない勝己に対し、更に自分の顔が険しくなるのがわかる。
相澤先生から状況も状況だからと、特別に今日は寮の自室で自習をする私と違い、勝己は通常通り授業があるはず。それに、ツノにしか興味のない男に用はない。ムッとした顔をすると、なにか気付いたのか勝己は少し目を見開き、その目を逸らしながら、ボソリと呟く。
「……俺以外のヤツは、見てンのか?」
勝己らしくない、少し拗ねたような物言い。瞬間、私の心臓が変な音を立て騒ぎ出した。なんだそれは、可愛すぎないか、ギャップ萌えと言うやつか?思わず緩む頬を隠すように両手で口元を塞げば、直ぐに察したらしい勝己が騒ぎ出す。
「何が言いてェんだ!?」
「嫉妬、嬉しい」
「嫉妬じゃねェ!!」
「えー」
百歩譲ったとしても、やはり先程の言葉には何かしら意味が込められているように思ってしまう、そんな乙女心。心配してくれなかった事は若干未だ根には持っているが、それ以上に勝己の本心が知りたいと思い、怒られる怖さで堪えていた言葉をご機嫌伺いしながら、言ってみる。
「因みに、その生徒と相澤先生には見られた」
「……」
「でも、A組の皆はまだ見てないし、知らない」
「……ン」
「心配とか、してくれた?」
「まー、少し」
「っ!!私、勝己以外に見られてない!!」
「いや、普通に見られてンだろ」
心配してくれてた、口にしないだけで思ってくれていた。単純な私の心臓と頭はそれだけで最初に抱いていた不満を綺麗に消し去り、無防備に緩む頬を隠すことなくさらけ出す。嬉しさのあまり、思い切り嘘のような、でも気持ち的にはそうだと勢いで話すと、真顔で正論を突きつけられる。反射的に「ぐぅっ!」と変な声を出す私を一瞥し、急に珍しく勝己は眉間のシワを消して、どこか楽しそうに犬歯を見せながら笑った。
「似合ってんぞ、ソレ」
「全く嬉しくない!!」
「ンじゃ、さっさと自習用のプリントすっか」
「似合いたくな……ん?なんで勝己、そのプリント持ってるの?」
トナカイの、しかもデフォルメされていない猛々しいツノを『似合う』だなんて、ほぼ暴言である。折角の喜びの気持ちが遥か彼方に飛ぶ前、勝己は憤怒する私を気にもとめず、自分のバッグからプリント用紙を取り出した。それは、朝、私が相澤先生から自習用にと出されたものと同じもので。思わず、瞬きを繰り返して、一体どういうことだと目の前の出来事に困惑する。そんな私を見て勝己は今度はニヤリと笑うと、「体調不良って事で、俺も自習だ」なんて言い出した。
「な、なんで!?成績に影響出るよ!?」
「今日は普通科目のばっかだから、問題ねェ」
「いや、普通にあるから!!」
「不安そうな顔してる自分の女、1人にしておけるか」
ドスン。今度は、なにか目に見えない矢のような物が私の心に突き刺さる。なんで私の事を、実は不安に思っていたことを知っているんだ。ドキドキと止まらない自分の鼓動と、勝己の勘の良さに困惑していると、どうもそれらが顔に出ていたらしく、勝己は人を小馬鹿にしたように鼻で笑いながらシャーペンを筆箱から取り出し始めた。
「他のヤツらに見せたくねェからな」
「な、なにを?」
「そのクソでかくて、可愛いヤツ付けてるお前」
ノックアウトとはこの事で、私はこの後しばし脳の活動が停止した。何処か勝ち誇ったように笑う勝己が大変腹立たしかったけれど、言われた言葉に全て喜んでしまった自分が憎らしい。しかし、普段絶対に言われないことを2人きりの時に言われたのは確かで――。
「(最高のクリスマスプレゼント、ありがとうです)」
心の中でそっと、サンタクロースの服を着せた例の個性事故を起こした生徒に、私は感謝の気持ちを全力で送った。ハッピーメリークリスマス!
クリスマス
(2025/01/09)
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