――吊りあがった眉、鋭い目つき。いつも眉根を寄せていて、隠すことなくされる大きな舌打ち。そんな爆豪君を初めて見た時、怖い人、を通り越して、絶対近づきたくない危ない人だと思った。

 だから、ある日のホームルーム後に突然「ノート見せろや」と、帰り支度をしていた私の前に仁王立ちし、視線だけで人を殺せるんじゃないだろうかと思うくらいすごんだ顔で睨まれた時は、泣きたくなったし、実際泣いて芦戸ちゃんに慰められた。

 その数日後には、バッタリ靴箱で遭遇してしまい、どうしようと冷や汗を流す私に、爆豪君は今すぐ個性を爆発させるような勢いで不機嫌を纏いながら、無言で可愛くラッピングされた焼き菓子を押し付け、去っていた。意味が分からなくて、未だにお菓子には手を出していない。
 
 危ない人、から、よく分からない人になった頃、「連絡先教えろ」と、有無を言わさない圧力に屈し、何故か連絡先を交換することになった。ダラダラと冷や汗を流す私と、いつも以上に不機嫌そうな爆豪君を見て、ゲラゲラと大声で笑っていた切島君と上鳴君は絶対許さない。

 そうしてまた月日が少し経つ頃には、恐る恐るしていたメッセージのやりとりをきっかけに、爆豪君は志が凄く高く、根は真面目で、でも凄く不器用で、そして優しい人なんだと気付いた。よく分からない人が、大きな夢を持つ同級生にいつの間にか変わって――ふと、疑問が湧いた。

「爆豪君って、頭良い……よね?」

 いつの間にか当たり前になってしまった、放課後2人で教室に残り、分からない科目を教え合う。そんなカオスな時間に、ぽつり言葉をもらす。

 初めて誘われた時は死ぬ覚悟をしたし、産まれたての子羊顔負けの勢いで震えていたけれど、勿論拒否権なんてものは無かった。だけどそんな強制勉強会も、これまた回数を重ねると慣れてくるし、何より爆豪君は頭の回転も早ければ教えるのもとても上手。

 だから、成績優秀な彼があの時何故私なんかのノートを必要としたのかずっと気になっていて、やっと今日聞くことが出来た。

「あー……」

 途端、顔を顰めたかと思うと爆豪君は自分の髪を乱暴に掻き乱す。勉強以外のことを言ってしまったからだろうか、思わず私は身構えた。最近、何故か爆豪君はことある事に私の頭にチョップをしてくるのだ。

「わ、私なんかのノートより、断然爆豪君のノートの方が分かりやすいし」
「……そうか?」
「うん、それに」

 怒らせないよう、おずおずと言葉を紡ぐ。切島君達を混じえて会話している際、どうも私は頻繁に爆豪君の地雷を踏み抜いてるらしく、「そんなにヘラヘラすンな!」と叱られていたりする。変なことを言ったつもりは無いけれど、毎回猛反省。
 
 とりあえず、「私なんかと一緒に勉強したら、迷惑じゃない?」と、顔色を伺いながら首を傾げた。事実、今も私が分からない箇所を爆豪君から教わっているが、彼が私になにか質問することは無い。

「あ゙?」
「だ、だっていつもテストの点数良いし」
「悪いンか?」
「悪くないよ、凄いよ!だからその、なんで私なんかと……あいたっ!」

 全力でプロヒーローを目指している彼の事だ。きっと、家に帰っても鍛錬しているであろうと予想した私は、「一緒に勉強しても邪魔にしかなってないよね?」と最後まで言うことなく、容赦なく振り下ろされたチョップで思い切り舌を噛む。頭も、舌もヒリヒリと痛み、涙もでてきた。
理不尽極まりない行為に思わず睨みつけると、般若のような顔が待っていて、声にならない空気が口から漏れてしまう。

「クソニブ女」
「な、何が!?」
「うるせェ!いいからはよ解けや!!」

 なんて理不尽なんだ、と今日だけで2度思う。
 突然ノートを要求された理由は?何で連絡先を交換したの?一緒に勉強する時間の意味は?叩かれた頭を抑えながらぐるぐる思案していると、あからさまにわざとらしく目の前で大きな舌打ちをされる。

「お前……全然気付かンのか」
「えっ、どこか答え間違えてた!?」
「周りの奴らはしっとんぞ」
「ん?」
「惚れた女にアプローチしてる俺を楽しんでやがる」

 爆豪君の観察なんて、そりゃまた皆様いいご趣味をお持ちで……なんて考えて、私の全てが止まった。思考回路も、痛みを持っていた頭も、当たり前にしていた呼吸さえも。『惚れた女』、とは聞き間違いだうか?冗談?
 
 だけど、爆豪君はそんなことをしない人だと、短いお付き合いながらも私は思っている。理不尽が服を着て歩いているようだけど、真っ直ぐで正直な人。そう知っているから、言葉の意味が分かった途端顔が熱を持ち、変な汗が吹き出る。

「うぇっ!?えっ、あのっ!?」
「ハッ、テメェようやく理解したか」
「理解……待って、してない」
「はよしろや!!」

 本当は理解している、でも動揺のあまり間違った答えを口走った私。爆豪君の大きな声が教室中に鳴り響く。なんなら、大きすぎて私の耳がキーンとなってしまっている事に、彼は気付いているのだろうか?そんな動かない頭で現実逃避をついしてしまう。
 だけど、ガラス細工のように美しく、力強さを持つ赤い瞳に見つめられ、視線を逸らすことが出来ず、蛇に睨まれた蛙状態で私は生唾を飲み込んだ。

「もうこれで分かンだろ」
「な、何が?」
「テメェ……まじでぶん殴るぞ」

 既にチョップを喰らいましたが!?と、慌てて頭を両手で覆った私に、爆豪君は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、開いていたノート達を片付けてバッグに仕舞い始めた。今日の勉強会はもう終わりなのかと不思議がる私を一瞥し、ガタンッと音を立てて立ち上がった爆豪君が、バッグを持ってない方の手を私の目の前に差し出した。意味がわからずその手から上に視線を向けると、いつもより少し楽しげにニヤリと笑う爆豪君と目が合う。

「これから俺に惚れさせンからな」
「まさかの命令形!?」
「おう」

 私の気持ちなど無視して、堂々と宣言された発言に目を見開く。いやいや、私得意な事なんてないし、顔も平凡だし、良い所なんでひとつもないよ!?
 自虐のようにそう口に出せば、完全に小馬鹿にしたように鼻で笑われ、本当にこの人は私が好きなのかと疑いの芽が生えるのは仕方の無いことだと思う。そんな私の気持ちを知る由もなく、爆豪君はヴィランのような笑みを浮かべたかと思うと、私の勉強道具たちも乱暴に片付け始め、バッグへ仕舞いながら淡々と話し始めた。

「ンなの関係ねェ、俺が知ってたらいい」
「えぇ!?」
「つか、他のヤツらに知られるな、野郎共に笑いかけンな、目も合わせンな。無視しろ、無視」
「よ、要求が多い……」

 告白されたのに、ときめく時間があまりにも短すぎやしないか?私は内心ツッコミを入れた。
 だけど、実は天才肌なのに努力家だったり、黙ってたらカッコよかったり、ふとした時自然に笑う顔が幼くて可愛かったり。あれ?と、気付いたら爆豪君の事、意外と目で追っていた自分を今更ながら自覚すると同時に、硬い皮膚に覆われた大きな手が私の頭の上に乗せられる。

「一緒、帰んぞ」

 私の返事を一切聞くことなく、どんどん無茶苦茶な要求ばかりされる。なんなら乗せた手に力を込め、まるで自分の顔を見せないように私の頭を下げるから、首も痛い。本当に暴君を人間の姿にしたら、爆豪君そっくりになるんじゃないか。そんな事すら思う、のに――。

「……はい」

 でも不思議と嫌な気持ちにはならず、どこかふわふわ浮いている様な不思議な感覚に包まれながら、爆豪君に返事をする。押さえつけられた頭の上から、「ン」と短い声が落ちてきた。
 全身が熱くなってきたのは、やっと自覚した心臓が激しく鼓動するからか。それとも、名残惜しげに離れていった爆豪君の温かさが移ったのか。

「いつまで座ってんだ?」
「まっ、待って!というか私のバッグ!!」
「……俺が持つ」
「なんで!?」
「うるせェ!」
「やっぱり理不尽だ!!」

 とりあえず、顔を上げた時に見えた爆豪君の頬と、それから耳まで紅く染まっている様を見て、多少私も自惚れていいのではないだろうか、なんて思う。
 
 案外彼の人となりを知ってしまった私が落ちるのは時間の問題だな、と思わず笑い、帰ったらあの時貰ったお菓子の賞味期限を確認しようと心の中でこっそり決意した。


危険な人






(2025/01/09)
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