「私は歳をとっているから」

 ぽつり、いつも私が好意を示すと決まって返される言葉。名前の後に、わざわざ『少女』なんて付けて呼んでくるけれど、成人済女性に対して少々失礼である。なんなら、恋愛対象外とでも言われている気がして、大変遺憾でもあった。

「私、そういうの気にしたことないし気にしません」
「うーん、困ったなぁ」

 眉根を寄せられるのも、いつも通り。だから傷付きもしないし、私は1歩も引かない。素の姿のオールマイトは、腕を組み、首を傾げて青空のような透き通った瞳を細めた。

「私達は年齢も離れているし」
「それ、もう聞きました」
「す、すまない」
「いえ」

 獅子のように勇ましい髪型をしているのに、いつだって誰かを見下したりせず、正論を言われたら素直に謝る正直な人。世界一のヒーローなのに、そんな面を持っているのが好意的で、好きな所だったりもする。私も真似て腕を組み、首を傾げながら好きな人と視線を絡める。

「なんと言われようと、好きの気持ちは変わりません」
「む……」
「ただ、迷惑ならやめます」
「そっ、それは……」

 寒空の下、公園のベンチで二人並ぶ。お互いマフラーを付けて、手にはブラックの缶コーヒー。ぴゅーと音を立てて吹く冷たい風につられ、息を吐き出せば白い雲となり空へと上る。こんな時手を繋げたら温かいんだろうな、なんて思うけれど、私たちは残念ながらまだお友達。『やめる』と提言する度言葉が詰まるオールマイトに後ろ髪を引かれ続け、かれこれ数年になった。

「待つのは平気ですが、私おばあちゃんになりますよ」
「しかし、君みたいな素敵な女性が私なんかと……」
「年齢操作できる個性でも探そうかな」
「やめてくれ!!」

 これは名案だと頷けば、すぐ様制止の言葉をかけられる。そんなことを言うのなら、さっさと頷いてくれと願ってしまうのは、私の一方的なわがままなのだろうか。つま先で小石を蹴りながら、缶コーヒーを少し飲む。身体の中から広がる温もりに、そっと目を閉じた。

「嫌いなら嫌いと言ってください、ちゃんと諦めます」
「そんなわけないだろう!?」
「じゃあ、付き合ってください」
「う、うーん」

 本日二度目の眉間のシワに、つられて私も顔をしかめる。一体何がダメなんだ、未成年ならまだしもこちとら成人数年目である。彼が言いたいことも分からなくは無いが、それらを承知の上で告白をしているし、なんならそのことも既に数え切れない程伝えてきた。嫌いじゃなくて、迷惑でもなくて、それでも付き合ってくれないとはどういう意味だ。募る不満に、ユラユラと足を振り子のように動かす。

「好きって気持ちだけではダメですか?」
「そ、そういうわけでは……」
「面倒事も諸々承知の上で、真剣に告白してます」

 オールマイトと向き合うように、身体ごと横に向ける。驚いたのか少し目を丸くした彼は、彫りが深くて見えづらい眉をさげ、肩を落とす。

「私なんかではなくても……」
「貴方だから好きなんです、オールマイト」

 本名は、何度聞いても教えてくれなかった。だから、出会って結構な月日が経つのに未だヒーロー名呼びで、ここでも距離を感じてしまう。だけどそんなことをいちいち気にしていたら、私はこの恋をとっくに諦めている。持っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、ため息ひとつ。そして下から覗き込むように、彼の顔を見る。

「貴方に追われる為なら、ヴィランになってもいい」
「!!冗談でもそんなことはっ!」
「冗談じゃありません、本気です」
「……」

 あまりに予想外の発言だったのか、口を開けたままオールマイトは固まる。しかし私にとっては本気の本気だ、年下としか認識されないのならば手段はもう選ばない。これまで幾度もアタックして、アピールして、告白もしてきて、全て袖に振られた。ならば残された道は、彼が必死に私を追いかけてくれる方法は、それぐらいしか思いつかない。

「……汚い手段だって、わかってます」

 空になり、冷えてしまった缶を握り締める。少しだけ声が震えて出るのは、緊張からか、それとも『ヒーロー』の目の前での失言に失望されたかもしれないと恐れを抱いたからか。なんにせよ、私は手段を選ぶ程気持ちの余裕はもうなかった。吹き荒れる風の音が、やけに耳に響く。

「私は君を随分悩ませてしまったみたいだね」
「はい」
「う、うん。いい返事だ」

 教師として働いていたオールマイトは、時折こうやって私を生徒のように扱う。何度か抗議したこともあるが、こればっかしは治らないと彼自身に言われてしまったので、もう諦めている。とりあえずマフラーを巻き直し、寒さで痛くなった耳まで覆う。

「私はね、君より年上で……」
「知ってます」
「あ、うん。それでね、何かあった時は君を置いていく人間なんだ」

 初めて言われた言葉に、瞬きを繰り返す。それは『ヒーロー』としてではなく、年老いていくことについて。オールマイトは「君には寂しい思いをさせるから」と、今日も今日とて私を諭しているが、彼は大変大きな爆弾発言をしていることに気づいているだろうか。緊張と、動揺と、少しの期待を持って熱くなる身体で、そっと伺いを立てる。

「それはつまり、結婚を前提でのお付き合い……ですか?」
「ん゙ん゙っ!?」
「いやだって、置いてくって……」

 つまり、年上の彼は結婚しても、私より先に逝くかもしれない――そう話しているようにしか聞こえないのだ。ボソボソと小声でその旨を話すと、途端、オールマイトの顔が初めて見たくらい真っ赤に染る。

「い、今のは忘れてくれ!」
「嫌です」
「しまったー!!」

 ドキドキと、胸が期待で膨らむ。年齢を気にしていたのは、1人残す私を思ってくれていたのかと、その優しさが愛おしくて堪らない。拳1つ分開けて座っていた分を詰め、あーでもないこーでもない!と1人なにやら言い訳を繰り返すオールマイトに、何度目になるか分からない告白をする。

「好きです、オールマイト」
「……」
「年齢とか、置いてくとか、そんなの別にいいんです」
「君は……」
「私は、貴方と共に生きたいのです」

 お付き合いを通り越し、逆プロボーズになってしまったが、仕方が無いだろう。だってそれくらい今まで相手にもされず、流し流され、子供扱いされてきたのだ。心の中が花開くように光に満ち溢れた気持ちになり、飲んだコーヒーではなく興奮で身体が熱くなるのが分かる。そんな私をキョトンとした顔をして見ていたオールマイトだったが、ふと表情を崩すと額に手を当て、笑い始める。

「これは私の負けだ」
「……負け、ですか」
「あぁ、すまない。言葉を間違ってしまった」

 そう言うと同時に、彼は持っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、深呼吸をひとつ。そして困ったような、でもどこか楽しそうな表情をして私と向き合った。

「こんな私を好きになってくれてありがとう」
「ずっと前から好きですよ」
「あぁ、そうだったね」
「そして、今もその気持ちは変わりません」
「嬉しいな……本当に、嬉しいよ」

 細められた青い瞳が美しくて、何度も見てきたはずなのに思わずドキリと胸が鳴る。大人の男性な顔をした彼を見るのは初めてで、こんなタイミングでずるいと思わず心の中でごちる。

「……本当に私でいいのかい?」
「貴方じゃなきゃ嫌です」
「ははは、君は本当に真っ直ぐだね」

 それが取り柄なので、と返せば、そうだったねとまた笑顔を返される。ドキドキが鳴り止まない私にとってその笑顔は大変凶器的破壊力を持っており、確実に照れと動揺で顔が赤くなっているのがバレているだろう。しかし彼はそれをいちいち指摘などせず、ゆっくり呼吸を繰り返すと、まっすぐ私を見つめてくれた。因みに、持っていはずの缶はいつの間にか横に置かれている。

「ずっと明言せず、待たせて本当にすまない」
「自覚はあったんですね」
「ぐっ……」
「あ、すみません。どうぞ続きを」

 余計なことを言ってしまう自分の口を手で覆い、次を催促する。少しだけ落ち込んだ様が愛らしくて頬が緩みそうになるが、もしかしたらずっと待ち続けた言葉が出てくるかもしれないという期待で、堪えた。

「その……こんな、君より年上の私だが」
「はい」
「君を幸せにするのは自分がいいと、願っても良いだろうか」

 一緒にいるだけでも、十分幸せだった。四季をこの公園で共に過し、他愛のない会話だって十分幸せすぎた。だけど、そこに『オールマイトが隣にいる幸せ』が加わるだなんて、願ったり叶ったり。なんだったら、切望していた事だ。私は真剣な顔をして返事を待つ彼に、思い切り正面から抱きつく。動揺が伝わってくるが、その手を離したりはしない。

「はい、幸せにしてください。貴方に捕まりたいです」

 一生離さないで欲しい、いずれ別れが来たとしても、それでもまた私が行くまで待っていて欲しい。そう私も願い乞えば、また困ったように笑って、そして「もう離さないよ」と抱きしめられた。
 冬の寒い寒い外の世界、だけど好きな人の腕の中は最高に温かかった。
 



持ちきれないほどの花束を






(2025/01/09)
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