ふわふわした髪が、冬の冷たい風に揺れる。
そんな所も可愛いな、なんて本人には言えないけれど、横目でチラリと見て口元をゆるめた。夕日を浴びてキラキラと光る、木々のように美しい緑色。
名前にも『緑』が入っていて、本当に四季を彩る大樹の様にいくつもの魅力を持つ素敵な人だと、出会ってから何度も思ったことを、今日も思う。
「どうしたの?」
柔らかな声が、私の耳に届く。どうもじっくり見てしまっていたらしく、隣を歩く出久君が不思議そうな顔をして振り向いた。純粋で、真っ直ぐで、誰よりもヒーローに憧れる出久君の丸い瞳に、すごく嬉しそうな顔をしている私がうつる。感情が顔に出てる、と慌てて冷静を装い、口を開いた。
「寒い日に買い物なんて、本当罰ゲームだなーって」
「確かに……しかも皆、殆ど水物だね」
出久君が苦笑しながら腕を持ち上げると、コンビニのビニール袋がガサガサと耳障りな音を鳴らす。出久君は両手に、私は片手に。それぞれの袋の中には、A組皆のリクエストの品々が詰まっている。
「言い出しっぺの上鳴が上機嫌だったのが腹立つ」
「あはは、凄く嬉しそうにしてたっけ」
「脳がショートしてアホになればいい」
「う、うーん?」
「いつも許容オーバーしたらなってるよね?」と言いたげな出久君に、笑顔で肯定の返事をしてみた。
事の始まりは2時間前、休日だったので各々寮でのんびりしていたのに、「寒い中買い物行きたくないじゃん?だから、ジャンケンしようぜ!」だなんて、全員を巻き込んで突然開催された上鳴主催の買い出しジャンケン。
絶対行きたくないし、そもそも強制参加させられて不機嫌だった私は、奇跡のように一発1人負けしてしまったのだ。その時の上鳴の勝ち誇った顔を思い出してしまい、思わず爆豪君が乗り移ったかの如く、大きな舌打ちをしてしまう。
「いつかリベンジしてやる」
「次は勝てるといいね」
「……ついて来てくれて、本当にありがとう」
「ううん、どういたしまして!」
怒り狂う猛獣から一転、丁度行く先にあった小石をコツンと蹴り飛ばしながら、はにかみそうになる頬を必死に押えて呟く。穏やかな出久君の声に、じわりと心が熱くなっていった。
元々1人で買い出し予定だったのに、皆が水物ばかり要求するから「水道水で我慢しろ!」と激怒する私に、出久君は自ら付き添いを申し出てくれたのだ。
「(しかも、自然と荷物……2つ持ってくれてるし)」
チラリ、と足は動かしながらもう一度隣を盗み見る。歩く度に音を奏でる2つのビニール袋はどちらも重く、私が持つ荷物の倍は量もある。それらを出久君は戸惑うことなく買い物後両手に取り、挙句3つめの袋まで持とうとしたので、私が慌てて奪うように掴んだのだ。これでは、誰が罰ゲームをしているのか分からない。
「本当、凄く助かったよ!今度お礼するね!」
「えぇ!?い、いいよそんなの!勝手にしただけだしっ」
空いた片手で拳を作り宣言した私に、出久君が慌てるように早口で、だけど丁寧に辞退宣言をする。勿論、彼の性格を知ってる私にとってはそんなの予想していたことで、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、1歩、2歩と先に歩き出し、向き合うようにくるりと回った。制服のスカートが、満開の花のように丸く開く。
「オールマイトの秘蔵グッズあげる、2年前の――」
「まままさかそれっ、あのすぐ完売になったオールマイトのサイン入り私服姿プリントのタオル!?」
「ふふふ、流石出久君!大正解!」
より一層興奮して、話すスピードを早めたオールマイトのガチファンに、ピンポン!なんて言いながら、ウィンクしてみる。いつも何かとお世話になっているから、もしかしたら既に持ってるかもしれないけれどと買っていた、オールマイトグッズ。渡すきっかけを探し続けていたけれど、まさかこんな良いタイミングがあるなんて……と、つい上鳴に感謝してしまった。悔しい。
それでもまぁいいか、なんて自然と緩む頬を抑えきれないまま、興奮冷め止まぬ出久君を見ていたら、予想外の言葉が飛び出てきた。
「さんと一緒にいたくて買い物についてきたのに、本当にいいの!?」
「……へ?」
「……あっ!!」
大きな瞳を更に見開いた出久君は、慌てて口をコンビニ袋で塞ぐが、口から出た言葉は音となり、空気を揺らして私の耳に届いてしまった。勿論、脳も既に理解している。お互い寮に向かっていた足を止め、見つめ合う。ひゅー、なんて冷たい風が、私たちの間を無言で通り過ぎていった。
「えっと、あの……」
「ち、違!いや、違うくはなくて本当のことなんだけど、でも下心とかそんなんじゃなくて、純粋に心配もあって!!」
「う、うん!分かってるよ!」
茹でダコとはよく言ったもので、顔どころか耳や首まで真っ赤に染め上げた出久君は、湧き出る感情のまま、口からどんどん言葉を紡いで行く。だが私達は買い出しから帰る途中、つまり、思い切り公の場を歩いていた訳で、立ち止まった時点で目立っていたのに、今は更に注目の的になっている。「あら、青春ね」、だなんてすれ違いざまにオシャレなマダムに言われて、私は慌てて出久君の服の裾を掴むと急いで足を動かし始めた。
「と、とりあえず歩こう!人の邪魔になるし!」
「そうだよね!ごっ、ごめんね!」
「大丈夫大丈夫!問題ない!」
グイグイ、と出久君を引っ張れば、それに呼応するように歩き出してくれる。それだけ、それだけなのに無性に嬉しくて、私は全血液が顔に集中して熱を放出していることを自覚していた。これではゆでダコその2ではないか、なんて自虐しながら。
そうして暫くの間、お互い無言のまま足を動かし続けた。話をしたいけれども、話題が……あるにはあるが、触れられない。先程の言葉はどういう意味で、どつ捉えればいいのか、一人静かに悩んでいると、急に手に重みを感じ足を止めた。
「出久、君?」
制服を掴んだままだった私の手が、男の子特有の大きくて皮の硬い、それでいて温かな手に包み込まれている。
ふと出久君を見上げて、「(あ、身長私より大きい)」なんて場違いなことを思っていると、相変わらず顔を赤くしたまま視線は地面に向けられているけれど、出久君が力強い声を出す。因みに場所は学校の寮の少し前で、人の少ない住宅街の一角。
「さ、さっきのこと、なんだけど!」
グッと触れられている手に力を込められ、そこから緊張が伝染するように私の体も力が篭もる。「さっき」とは、つまり「罰ゲームの付き添い」についてだろう。
「純粋に、手伝いたいから申し出てっ」
「う、うん。凄く嬉しかったし、助かったよ!」
これは本当のことで、本心からだ。ありがとう、と言葉を付け加えれば、出久君は地面から恐る恐ると言った様子で私と視線を混じり合わせた。その大きくてキラキラとした瞳には、緊張と不安が入り交じっていて、思わず何故か私が生唾を飲むこととなる。
出久君はまた目を逸らし深呼吸をすると、何か決意をしたのか小さく「よしっ!」と呟き、まっすぐ私を見た。ドキン、と大きな音を立てた私の心臓の存在は、果たして気づかれているだろうか?名前を呼ばれながら、そんなことを思う。
「僕、あの、今回の事だけど」
「は、はい」
「……本当はさんと一緒にいたかった、んだ……その、2人きりでお出かけとか……無かった、から」
大きな声で、謝罪をされる。だけど待って欲しい、出久君のそのセリフだとまるで私のことを意識してくれている――いや、確実に異性として見てくれてますよね?
混乱のあまり声には出さないが、チクタクと脳内でそんな答えが導き出される。しかし出久君からすると、突然黙った私が困っている様に見えたのか、「ごめんっ!」と2度目の大きな声と共に、今まで繋がれていた手を離した。
「いきなり握って気持ち悪かったよね、本当に僕何して、あぁっ、こんなんだから『デク』って言われて!」
「出久君!!」
「は、はい!」
「好きです!」
「……え?」
言うしかない、今言うしかない。混乱の最中にいる出久君を見てそう覚った私は、離された手を今度は自分から繋ぎ、彼のキラキラ光る目を見て、告白をする。
ずっとずっと隠して、大切にしまい込んでいた想い。それが届くかどうかなんて分からなかったけれど、今すぐにこの気持ちを届けたいと思った。貴方の想いと、私の想い。同じ想いですか、なんて余計な言葉はつけ加えずに。
「出会ってから、どんどん出久君の事が好きになりました!と言うか、今もまた好きになりました!」
女は度胸だ、と、誰かが言っていた気がする。そして出久君には、きっと遠回しな言葉よりも、直接的な言葉が1番伝わると思う。それはずっと近くで見続けてきた、想い人の愛らしい性格故。
出久君は惚けたような顔を暫くしていたが、やっと私の言葉の意味が届いたのか、泣きそうな、だけど嬉しそうに、困ったようにも見える表情を浮かべると、握りしめていた手に力を返してくれた。離さないように、離れないように。
「僕も、僕も好き、です!いつも君を目で追うほど……誰かと一緒に買い物に行って欲しくない、ほど」
最後になるにつれ小さくなる言葉は、とんでもない愛の告白だった。つまりそれは嫉妬か、だなんて無粋な事はもちろん言わない。ただ一言、私の想いを伝えればいい。
「私も、隣を歩いてくれるのは出久君が良い!」
お互い顔を真っ赤に染めて、恥ずかしいとか照れるとか、そんな隠れ蓑を使わずに本心から言葉を紡ぐ。きっとこれが正解。その証拠に、2人繋ぐ手はいまだ離れていないし、嬉しさが大きすぎて泣きそうな顔をして、でも笑顔を浮かべている。
逃げ出さず、全力でぶつかる。人を思い、心を守り、芯を貫く。
好きな人の好きなところがまた増えた、とこっそり思いながら、「これからもよろしくね」なんて言って、突然訪れた幸せが永遠に続けと、今日も思った。
春は短し恋せよ青春
(2025/01/09)
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